伝染する"好き"
季節は巡り、君と出会った春がやってくる。
想いが通じ合って数ヶ月。時が経つにつれて体調も著しく回復していった。
「今後の日常生活ですが…」
退院の日を迎えた今日。主治医の先生からの注意点に耳を傾けながらも、私は、はやく終らないかななんて場違いなことを思ってしまう。
__今日、迎えに行くから。
まだ肌寒い三月初旬。念入りに防寒対策をした私を、大好きな彼が迎えに来てくれた。
「大丈夫?」
そう言って優しく微笑むのは、私の彼氏である時枝充くんだ。充くん、と名前で呼ぶようになって数週間。ようやく退院した私のお祝いに、何処かに出かけないかと誘われたのは記憶に新しい。
「大丈夫だよ!」
「病み上がりなんだから、無理はしないでね」
「分かってるよ。それにしても、あったかいね」
思えば充君と出会ったのは、こんな風に温かな春の日だった気がする。あの日は、確か花を枯らしてしまって落ち込んでいたんだっけ?なんて思っていると、充君の手が伸びてきて、私は自然とそこに自分の手を重ねた。ただ、手を繋いだだけなのに、私のテンションは忽ち最高潮になる。
「嵐山隊は今日は仕事ないの?」
「そうだね。……これから、忙しくなりそうだけど」
新学期の準備と、遠征試験。私は体調のことがあるので、遠征選抜試験は見送ったけれど、A級の充くんはそうではないのだろう。同じボーダー隊員と言っても、A級とB級とでは、やはりこういう場面で隔たりを感じる。はやく、隣に並べるようになりたいけれど、まだまだポンコツな身体では厳しい。
「どうしたの?」
「え?」
「元気がないように見えたから。疲れた?」
立ち止まって顔を覗かれる。大丈夫だよ、と首を横に振ると安心したように微笑まれた。
「ねえ、今日は何処に連れて行ってくれるの?」
「内緒かな」
「えー!」
「オレに任せてよ」
充くんと行くなら、きっと、どこでも楽しいから何も心配はしていない。そう告げると、充くんはふんわりと笑ってくれるのだ。
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「うわあ!充くん、こっちこっち!」
「こら、ナマエ。走らない」
充くんが連れてきてくれたのは水族館だった。3月と言えど、まだ少し肌寒い。彼と何処かに出かけるのは、喫茶店が多かったから、今回もてっきり其処かと思っていたのだけど、予想外だ。
「ナマエって、動物好きでしょ?」
「!何で?」
「スマホでよく動物の動画見てたから」
「そんなに見てたっけ?」
「そうだね。オレが嫉妬するくらいには見てたよ」
嫉妬。さらりと言ってのけた単語に頬が熱くなる。充くんって大人びていて落ち着いているから、あんまり妬いたりするイメージが無かったけれど、動物に嫉妬していたのか。
「オレがお見舞いに来てる時も動画を見続けるナマエが悪いよ?」
「え!?ご、ごめん…」
「……冗談だよ。動画見てるナマエの顔も可愛かったから大丈夫」
「なっ」
恥ずかしさで、とうとう顔を覆った。こういう台詞をさらっと言っちゃうのだから、充くんは質が悪いと思う。
「照れた?」
「うぅ…充くん…勘弁してください…」
「ごめんごめん。さあ、行こうよ」
やさしく腕を引かれて、館内を回る。暗い空間の中で見える魚たちは、とても幻想的だった。中でも私の目を引いたのは、
「キレイ…」
クラゲだった。ふよふよと浮かぶクラゲに、ライトが辺り、それが美しさを際立たせている。トンネルの形をした水槽の中に足を踏み入れると、周り全てを海月が取り囲んだ。まるで、夜空に浮かぶ星の中にいるかのようだった。
「クラゲって、海に月って書いてクラゲだけど、花に似てると思わない?」
充くんに不意にそう投げかけられる。
「暗闇の海を照らしているように見えるから、月という漢字が当てられたんだと思うけどね。オレは、水面に浮かぶ花に似てる気がするんだ」
充くんの横顔を一瞥した後、視線をクラゲへと戻した。今まで、そんなこと考えたこともなかったけれど、確かに不思議かもしれない。暗闇を照らす月は、1つだけど、クラゲは何匹もいる。形は丸っこくて月に似ているけれど、月はいつもまん丸ではない。
「だから、海の生き物だとクラゲが好きなのかもしれない」
「充くんって、そんなに花が好きだったっけ?」
「それは、ナマエの影響をかなり受けたせいかな」
再び混ざり合った視線。繋いでいた手の平に力が加わった。頬に手が添えられたところで、
「充くん…誰かに見られちゃうよ」
と静止する。
「……暗いから、誰にも分からないよ」
寝負けして目を閉じた。唇と唇がやさしく触れあう。私だって、動物が好きなのは、充くんがネコが好きだから、それに影響されてネコの動画を漁っていたら、関連動画にあった動物のハプニング映像を見るようになっただけなんだよ。それを、知っているのは、私だけなんだろうな。
((君の好きなものは、自分だって好きになってしまうんだ))
20210116
みかん様へ。今回もリクエストありがとうございました。現在、WTは連載作品がない状態なので、申し訳なく思っているのですが、それでも定期的に来てくださっているのかな?と思い嬉しく思っています。今回も花恋の番外編リクエストだったので、更に嬉しかったです。おかげさまで、とても楽しく描かせていただきました。花恋の2人を書いたのは、とても久しぶりでしたが、私は相変わらずこの2人が好きなようです(笑)WTは、今後何か連載したいと思っておりますので、もう少々お待ちいただけたら嬉しいです。キャラクターは村上か三輪君続編(雨上がり)か…風間さんか…で悩んでいるのですが(おいおい)、とりあえず10万打が完遂するまでは、はじめられそうにないですすみません…。
では、この度は本当にありがとうございました!