午睡、白アネモネ


昔から本心を言うのが苦手だった。言いたいことを言って我儘に思われたくないし、相手を困らせたくない。人の顔色ばかり窺って、損な性格をしているとは思っている。頼まれたら断れないし、こんな性格を変えたいと思っているものの、性格なんてそう簡単には変えられない。

「転校生を紹介します」

中3の冬という中途半端な時期にやってきた空閑遊真くんは、そんな私とは正反対な性格の持ち主だった。不良相手にも物怖じしないし、気づけば街のヒーローと謳われるボーダーにまで入っている。身長は低いので見た目は同じ歳には見えなかったりするのだけど、纏う雰囲気は大人びていて達観しているので、偶に人生何回目なんだろうと思わされる。

「……今日もすまんね」
「ううん、大丈夫だよ」

そんな空閑くんと私は、席が隣同士だ。そして、私は空閑くんに恋をした。







とある日のことだった。今日も私は先生に呼ばれて手伝いを頼まれた。冬場は暗くなるのが早いので、出来れば早く帰りたかったのだけれど、結局断れなかった。皆が帰った教室に1人ポツンと残り、頼まれたプリントをホッチキスで留めていく。

「あー…寒っ」

暖房の入っていない教室はとても寒く、手が悴む。とは言え、手を止めてしまっては帰りたくても帰れなくなってしまうので、ひたすらパチンパチンと休むことなく動かした。この空間に響く音が、とても虚しい。

「あれ?ミョウジさん?」

唐突に教室のドアが開いた。驚いて其方に視線を向けると、私の想い人が不思議そうに顔を覗かせた。

「空閑くん?どうしたの?」
「オレはわすれものを取りに来た。何してるの?」
「先生に雑用を頼まれちゃって…」

私の手元を一瞥した空閑くんは、一瞬だけ眉間に皺を寄せた。なんとなく言いたいことが分かってしまう。

「誰かに手伝ってもらわなかったのか?」
「うーん、でも、みんな忙しいだろうし」

まだ受験が終ってない人もいる。その点、私は既に進学先が決まっている。でも、それは建前で、本当は自分が任された雑用を他人に手伝ってと言えないだけだ。そんな私の心を読んだのか、空閑くんが私の横に腰掛けて、束ねてあったプリントの半分を取った。

「空閑くん?」
「2人でやった方が早いな」
「それは、そうだけど…」
「ミョウジさんにはいつも世話になっている。修から、ミョウジさんが困っていたら助けてあげると良いって言われてるしな。なに、気にするな」

軽く口角を上げてそう言った。その表情に、とくんとくんと胸が高鳴る。空閑くんは、基本的に表情変化が乏しい印象があった。なので、微笑んでいるところは滅多に見たことがない。

「あの…ありがとう…」
「困ったときは、おたがいさま?らしいからな」

困ったときはお互い様。きっと、その言葉は、空閑くんが仲の良い三雲くんが言っていたのだろう。空閑くんは海外から来たみたいで、世間知らずな一面がある。個人的に、そこが可愛らしいと思うし好きなところだったりするのだけど、友人に話したときに、あんまり共感は得られなかった。これが惚れた弱みというやつだろうか。

「そういえば、数学の宿題は終った?」
「フム…。いや、あれは…」
「ふふっ。手伝って貰ってるお礼に、教えようか?」
「いやあ、かたじけない」
「ふふっ。何時代の人なの?」

古風な物言いに思わず笑ってしまう。空閑くんと一緒にいると楽しい。パチンパチンと寂しげに鳴っていた音が、今は、楽しげなミュージックのように思えてしまう。1人の作業は、終わりまでが遠く感じていたのに、2人で他愛もない話をしていたら、あっという間に過ぎていった。

「終わったー!ありがとう空閑くん。図書室、まだ開いてると思うから、お礼に数学教えるよ?」
「では、お言葉に甘えて」

2人並んで図書室へと向かう足取りは、とても軽かった。







教室とは打って変わって、図書室は暖房が効いていて温かかった。適当な場所を見つけて、腰を降ろす。鞄の中から数学のノートを取り出して、空閑くんが分からないと言っていたところを説明していった。

「ここはね、この公式を使うんだよ」

数学は、公式を覚えてしまえば後は楽だ。国語のように答えが幾つもあったりはしない。だから、私は理数系の方が好きだったりする。あれこれ考えるのは、人間関係だけで懲り懲りだ。

「ふむふむ、なるほど…」

すらすらとノートに書き込まれていく字は、お世辞にもキレイとは言えないけれど、男の子の字という感じだった。真剣な眼差しで問題に向かい合う空閑くんの表情を盗み見る。とても美しい横顔は、私の心を熱くさせた。慌てて私も問題集と向き合うけれど、残念ながら集中できない。

「ミョウジさんは、教えるのが上手いな」
「そ、そうかな…ありがとう…」

少し褒められただけで、こんな風に舞い上がれるのだから、恋って凄いなと思う。やがて、問題を全て解き終った頃、再び彼の方を見た。手元は止まっていないものの、まだ格闘している様子である。そっと、そんな表情を見守っていると、だんだん瞼が重くなっていった。静寂な空間に流れるシャーペンを動かす音が、とても心地よい。温かな空間が、わたしをやさしい夢の中へと誘っていった。

「ミョウジさん?」

君に呼ばれると、苗字ですら特別な物のように感じる。背中に何か温かいものがかけられた。なんだろうか?と確認する間もなく、誘われる夢の中に一直線に落ちていった。

「疲れてるのに、ありがとう」

果たしてどんな夢が、みれるかな。



20210123




コトノハ様へ。この度はリクエストありがとうございました。Twitterの方でも仲良くしていただきまして、ありがとうございます。久しぶりに遊真を書いたのですが、こちらでいかがでしょうか。遊真は生まれ育った環境が過酷なものなので、その分、同年代よりも達観しているところが魅力だと思っています。本誌でも、彼を知れば知るほど好きになっていきますよね。そんなコトノハ様の推しを魅力的に書けたかと問われれば不安があるのですが、楽しんでいただけたら幸いです。

寒い日々が続きますし、お忙しいでしょうから無理はなさないでくださいね。またTwitterなどで色々お話出来ると嬉しいです。この度は、本当にありがとうございました!




白いアネモネの花言葉……真実、期待、希望
※花言葉には諸説あります





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