この心臓尽きるまで
__強く、強くありたいと思った。
鬼殺隊と呼ばれる、鬼を退治する組織に入隊して、はや3年。何の才も持たない私は、運だけは良いらしく、未だに生き延びてしまっている。家族を鬼に喰われて亡くした私は、縋るように此処に入隊した。否、死に場所を求めてと言うのが正しいだろうか。
「精が出るな!!」
一心不乱になりながら木刀を振っていると、大好きな声が鍛錬場に響いた。
「おはようございます、師範」
煉獄杏寿郎。炎の呼吸を極めた柱で、私の剣の師範。
「うむ!だが、今日は休みだと言ったはずだが!身体を休めることも大事だぞ!!」
溌剌と告げられる言葉が、容赦なく胸へと突き刺さる。私は、休むことが苦手だ。剣を持っていないと落ち着かないし、身体を鍛えないと怖くなる。同じ時期に煉獄さんの元で継子として稽古に励んでいた甘露寺さんは、もう既に柱の座にいるというのに。私の階級は未だに乙で止まったままだ。
「すみません…」
「どうした!なにかあったか?」
「いえ…そういうわけではないのですが…」
「ナマエ!今日は休みだ!!もう少し、肩の力を抜くと言い!!休みの日は、君の師範という立場だけではないと言った筈だ!」
__ナマエのことを、好いている!
想いを告げられて、私たちの関係が、ただの師弟関係でなくなってから半年。年頃の娘達のように振る舞えない私の一体何処に惹かれてくれたのだろうと思う。見た目だって整っているわけでもなければ、身体にも自信はない。性格だって卑屈でひねくれてしまっている。
「どうした!浮かない顔をしているな!」
「いえ…大丈夫です…」
「そうか!!今日は天気が良いな!!そうだ、偶には縁側で一緒に休まないか!!」
それでも、いつだって手を伸ばしてくれる貴方に、今日も私は救われている。
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私の実家は宿屋をしていて、その家の長女で末っ子として育った私は、甘やかされて育ったという自覚がある。兄たちに厳しかった父親は、私には大層甘かった。家族のことは、それなりに好きだった。だから、鬼殺隊に入って、鬼の特性を知った時に生まれた絶望は、私を闇の中へと陥れた。"年若い女は栄養があるから、鬼に狙われる"
__どうして、私が生きているのだろう?
鬼の狙いは、私だったはずだ。それなのに、私だけが生きて、私よりも世のためになりそうな人が死んでいく。宿泊客の大勢も死んでいった。それなのに、私だけが、生き延びたのだ。
__私って、何の為に生きているの?
「……ろ!……きろ、…ナマエ!起きろ!!」
ハッとなり顔を上げると、眩しさに顔を顰める。溌剌とした声が、明るい世界へと私を導いてくれる。
「酷く魘されていたが大丈夫か!」
「……え、」
「うむ!いつの間にか、日も陰ってしまったな!」
そう言えば、煉獄さんに誘われて、縁側でひなたぼっこをしていたのだっけ。そして、いつの間にか昼寝をしてしまっていたようだ。
「顔色が悪いな!」
大きな手のひらが、私の頬に触れる。その手は熱を帯びていて、とても温かい。凍った心を熱く溶かしていってくれるようで、心地良い。
「夢見が、悪かっただけ…です…」
いつまで経ったも立ち直れなくて。いつまで経っても前を向けなくて。自分自身が醜く思えて、苦しくて苦しくて仕方がないのだ。
「そうか!それは、一体どのような夢だ!」
「え…」
「悪い夢というのは、話してしまえば正夢にならない!」
「いえ…もう過去の出来事なので…正夢にはならないかと…」
そう。もう過去のことなのだ。私が、守れなかった過去。私のせいで失った過去。
「うむ!ならば、余計に話すと良い!!ナマエの辛い思いを、俺に分けてくれ!」
俯いていた顔を上げられると、どこまでも真っ直ぐな瞳が私を捉える。直向きに進んでいくその瞳の先には、一体何が写っているのだろうか。その瞳の奥には、どれ程の思いを抱えているのだろうか。
「……私は、これ以上、あなたの重荷になりたくないです」
「?俺はナマエを重荷に思ったことはない!なぜ、そう思う!」
「出来の悪い弟子だから…」
「問題ない!この俺が面倒を見ると決めたのだ!不安に思わずとも、君は日々成長している!」
「それは…」
震える拳を握りしめると、爪が食い込んだ。それを見逃しはしない煉獄さんの大きな手のひらが、やさしく私の手を包み込む。そして、引き寄せられた。
「誰かに何かを言われたか?気にすることはない!人の成長速度は個人差がある!」
逞しい胸元に顔を埋める。力強い腕に包まれると、ドキンドキンと高鳴る胸の音が、私の鼓膜を刺激した。
「……私、ちゃんと、成長してますか?」
「うむ!ナマエは、誰よりも努力家だからな!煮詰めすぎていないか心配になるくらいだ!」
「私、貴方の継子になれて、良かったです…」
とうとう零れ落ちていった雫が、煉獄さんの胸元を濡らしていく。煉獄さんは、そんな私の額をやさしく撫でた後、そっと其処に口づけを落とした。
「継子である前に、君は俺の一等大事な人だ!」
頬を濡らす瞼、鼻水を啜る鼻へと柔らかく触れる口づけは、どれも熱帯びている。触れる度に、自分自身がこの世界に存在していて良いのだと言われているような気がした。
「……私も、ずっと、貴方のお側におります」
いつ失ってもおかしくはない命だけれど、自分のためではなく、貴方のために使いたい。死に場所を求めていた私に、生きる場所を与えてくれた貴方のために。この心臓が尽きるまで。
20210114
とわ様へ。この度はリクエストありがとうございました。Twitterの方でもお世話になっております。今回、煉獄さんのお話を書いて気がついたのですが、kmtの夢、無一郎以外を書くのがはじめてでした!証明の方でも、煉獄さんは、割と序盤にお別れをしてしまったので、とても新鮮な気持ちで書かせていただきました。甘々ということだったのですが、ちゃんと表現できているでしょうか。気に入っていただけたら幸いです。無限列車を観ていて思ったことなのですが、煉獄さんは、1度決めたことは必ず貫く芯の強い人で、尊敬しています。彼のような兄が欲しかったです(私は1番上なので…)。ではでは、今回は、本当にありがとうございました!これからも仲良くしていただけると嬉しいです!!