シュガースパイス・パレイド


__明日死んでも良いやって思えるように、今日を生きたいの!!

なんて、馬鹿みたいに笑って居たのは誰だったっけ。



寒さを感じて身動ぐと、隣にあったぬくもりが消えていた。探るように手を動かしても、それは見つからない。違和感を感じながら重い瞼を開けると、案の定、隣で寝ていた男の姿はなかった。小さなため息を1つ漏らして、ゆっくりと上半身を起す。少し乱れた衣服を直して、伸びをした後、ベッド付近に置いて居たスマホをタップする。時刻は10時を過ぎたところだ。

「建人?」

名を呼んでも返事は帰ってこない。せっかくの休日だから、恋人の家でゆっくり過ごしたかったのだけれど、いつまで経っても起きない私に呆れて、何処かへ出かけて行ってしまったのだろうか。そう思うと少し虚しくなった。もし、何処かに出かけようと提案してくれたならば、起きたのに。なんて思ってしまう。怠い身体をなんとか起して、立ち上がった後、カーテンの側まで行き開いた。視界に広がるキレイな青空と眩しい太陽。こんなに天気が良いのなら出かけたくなるのも仕方ないのかもしれない、と思ったところで、玄関から物音が聞こえてくる。

「……起きてたんですか」

レジ袋を持った彼に、こくりと頷いた。

「何処行ってたの?」

拗ねたような物言いになってしまったのは許して欲しい。

「朝食を買いに行ってました」

手渡されたレジ袋から、香ばしいパンの匂いがする。サラリーマン時代に通っていたパン屋があると言っていたけれど、そこのものだろうか。

「声かけてくれたら一緒に行ったのに」
「疲れている様子だったので」

確かに、昨夜の任務は難儀なものだったから、疲労は蓄積していた。五条さんが来なければ、命も危なかったかもしれないと思う。だけど、それとこれとは話が別だ。

「…もしかして、寂しかったんですか」

ぼおっと頬が熱くなった。これでは、誤魔化そうにも誤魔化せない。

「そういうことは聞かないものよ」

フンと年甲斐も無く鼻を鳴らした私を見て、建人はほんの少しだけ口角を上げた。







呪術師は万年人手不足だ。そして、私たちの階級は共に上から2番目。世間で言うブラック企業並みもしくは、それ以上に多忙な日々を極めている。そのため、お互いの休日が被るのは年に1度か2度あるかないか、だ。そんな日々に嫌気が差した私が、一緒に暮らして欲しいとお願いすると彼は2つ返事で了承した。それから、はや数年。私たちの関係は、穏やかに続いている。

「ストレートで良いですか」
「ええ」

湯気が立ったマグカップがテーブルの上に置かれる。朝は紅茶を飲むのが私の日課だ。建人はコーヒー。そして、お互い何も混ぜない。

「ねえ、今日どうする?」
「どうする、とは」
「滅多にない休日が被ったよ」

その言葉に建人は、暫し閉口した。

「何処か行きたいんですか?」

窺うように視線を向けられて、首を横に振る。折角の休日。何処かに出かけるよりも、普段寝るだけのようなこの場所で、ゆっくりしていたい。そう思いながら紅茶を口に含んだ。温かく、そしてやさしい味が口の中に侵入してきて、身体の中へと落ちていく。

「建人が出かけたいなら、そうするけど?」

私はそう思っていても、貴方が出かけたいと思っているのならば着いていく。

「質問を質問で返さないでください」
「首を横に振ったじゃない」
「……そうですね。なら、」

__今日はゆっくり過ごしませんか

音として出てこなかったけれど、顔を見れば分かる。どうやら、私たちの意見は一致したようだ。テーブルに建人が買ってきたパンが並べられた。貴方はこれでしょうと言わんばかりに、お皿の上に載せられたクロワッサン。パンの中では1番クロワッサンが好きだ。食べにくいと言う人が居るけれど、それも、また1つの楽しみ。ポロポロと零れ落ちてしまう生地の皮は、私の歩んできた道に似ていた。

「相変わらず下手ですね」
「どれだけ好きでも、食べ方は上手くなれない」
「上手くなろうとしていないからでは?」
「ふふっ、そうかもしれないね」

お皿の上に落ちてしまったそれを見て、呆れたような視線を向けられる。大好きなものは、ある日、唐突に手元から離れて落ちていく。そして、その後、更に雫となって床を濡らすのだ。

「それも悪くないでしょう?」

にっこりと微笑んで言えば、気を損ねたのか眉間に皺が寄る。その顔も好きだと思ってしまう私は重症だろうか。

「砂糖菓子でも買ってくれば良かったですか」
「まさか。私が砂糖が嫌いなの知ってるでしょう?」

紅茶にもコーヒーにも絶対に入れない。スパイスとして振りかけられたシュガーを見ただけで虫唾が走る。甘さは、私にとって最大の天敵だ。

「そうですね。本当は好きなことを知っていますよ。」

徐に立ち上がった建人に腕を引かれる。そして、その大きな身体の中へと引き寄せられた。どくん、どくん、と拍動を刻む心臓が、存在を知らしめてくれる。伝わる体温の熱に酔いそうだと思ったけれど、それを離す術はない。否、離したくないと思う。

「いつまで経っても敵わないなあ」

明日も分からない身の私には、これくらいが丁度良いのかもしれない。朝、昼、夜と何処にも出かけずに、1日彼の姿だけを堪能する。いつか別れの時が来ても、忘れてしまわないように。




20210118







空様へ。この度はリクエストありがとうございました。七海さんは、大人キャラの中で1番好きなキャラクターなのですが、書くのは初めてで、試行錯誤しながら頑張らせていただきました。そもそも呪術は、狗巻くんしか書いたことがないということに、今気づいて動揺しております(笑)七海さんを掴み切れていない感が否めませんが、楽しんでいただけたら嬉しいです。これからも、当サイトをよろしくお願いします。では、この度は、本当にありがとうございました。








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