きみの世界にぼくを投下して


私には幼馴染の男の子が2人いる。同じ年の彼らは双子で、山奥に暮らしていた。私の両親は農家で、畑で採れた野菜をよく届けに行っていた。ところがある日、

「時透さんところ、引っ越したみたいだ。危ないから、1人で山奥に行ったら駄目だよ」

と父親に言われた。お別れも言わずに引っ越した彼らのことを、酷いと罵り泣きわめいたけれど、今思えば不可解な点は沢山あったのに。私は、それに気がつくことはなかった。







とある日のことだった。その日私はお使いを頼まれて、隣の村を訪れていた。ずらりと行き交う人々をかき分けながら進んでいると、幼馴染そっくりの男の子とすれ違った。雰囲気は少し冷たくて、背中に[滅]と書かれた真っ黒な軍服を纏っている。そして、よく見ると刀まで持っていた。驚きのあまり、「えっ…」と声が漏れるけれど、彼は気がつくこともなく通り過ぎていく。私は慌てて彼の手を掴んだ。

「……!?」

振り返った彼は、不思議そうに此方を見つめている。私は、名前を呼ぼうとしたけれどつっかえた。…彼が、どちらか分からなかったのである。

「なに、君」
「あっ…えっと、私のこと覚えてない?昔、山奥に住んでたときに野菜を届けてた農家の娘で、ナマエって言うんだけど」
「知らない」
「そ、そっか…えっと、貴方は有一郎?無一郎?」
「?見ず知らずの人間に教える必要ある?」
「……ご、ごめん」

怪訝そうに眉を顰めた彼。その表情は気難しい有一郎そっくりだ。天の邪鬼な彼は、いつも不機嫌そうにしていた。それなのに、根は優しい人だったので嫌いになんてなることはなかったけれど、よく誤解されていた。

「じゃあ、僕行くから」
「あ、待って!せめて、名前だけ聞いても良い?」

覚えていないなら、また、知ってもらおう。そう思って問う。紡がれた名前は、私の予想とは外れた。

「うそ、」

無一郎は泣き虫で内気な男の子だった。いつも有一郎の顔色を窺って、彼の後ろをついて歩くような子だった。だけど、無一郎は誰よりも優しい人だったので、私は大好きだった。そんな無一郎が、あんなに冷たい表情を浮かべた少年になるなんて、誰が予想したのだろうか。







何かを隠しているだろう両親に時透兄弟のことについて聞くと、観念したのか母親がようやく口を割ってくれた。詳しいことは分からないけれど、無一郎以外の家族は事故で亡くなってしまったらしい。独り身になった無一郎を助けてくれた人がいたようで、無一郎はその人の世話になっているんじゃないかとのことだった。私は、それから、暇さえあれば無一郎と再会した村へ足を運ぶようになった。

「……こんにちは、時透くん」
「……誰?」
「このお店の常連だよ。時々会ってるよー。次は覚えてくれると良いな」
「そう」

次に再会したのは、ふろふき大根が美味しいお店だった。好物は変わってないようで、無一郎は、よくこのお店を訪れているらしい。それを知ってから私は、行ける日はそこに行くようになった。無一郎の姿を見かけると、毎回挨拶をして自己紹介をする。悲しくないと言えば嘘になるけれど、家族を亡くした無一郎の辛さに比べれば可愛い物だと思う。無一郎が私を覚えていないのは、無一郎が辛い時に、私が傍に居てあげられなかったせいなのだと言い聞かせた。

「こんにちは!」
「……あー、誰だっけ。えーっと、えーっと」

誰?と冷たく返されていたのが、次第に私の顔を見ると悩むようになった。

「こんにちは!」
「うん。いつも元気だね、えっと名前なんだっけ」

隣に座っても嫌がることがなくなった?

「こんにちは!」
「こんにちは、えっと…ナマエ?」
「そうだよ、無一郎っ!」

ようやく私の名前を覚えてくれたときは、とても嬉しかった。だけど、過去の私のことは思い出してくれなかった。それでも私は、根気強く話しかけた。だって、もう1度無一郎が笑う顔が見たかったから。いつも茫洋としていて、捕まえていないと消えてなくなってしまいそうな儚さを纏う無一郎が怖かった。

「……ナマエ」

泣きそうな顔で俯いて、その後、私を抱きしめる。その腕は凄く震えていた。顔を見たいと思ったけれど、無一郎はそれを望んでいない気がした。無一郎が、今何を考えて、何を必死にやっているかは分からない。それに触れてはいけないのだろうと言うことはなんとなくわかっていた。だから、私が選んだのは信じて見守ることだ。

「ナマエ」
「うん、なあに?無一郎」
「君を見ていると苦しくなる。だけど、それと同時に懐かしい気分にもなる。どうして?」
「どうしてだろうね」

それは、私たちが幼馴染だからだよと言いたかった。物心つく頃には仲良しだったんだよって。でも、それを教えることで無一郎の心が壊れてはいけないから。いつか無一郎が自力で思い出すまで待つよ。否、思い出せなくても良いよ。ちゃんと、私が覚えているから。

「ナマエといると落ち着く…なんだか、心が軽くなるんだ」
「そっか、嬉しいな」

再会した無一郎は有一郎そっくりで、たまに有一郎と話しているような錯覚がする。けれど、私に触れたとき、あの頃のやさしい無一郎が垣間見える。私を通して、無一郎と有一郎2人を感じられるのが嬉しかった。

「ねえ、無一郎。私、どんな無一郎でも大好きだよ」

私よりも遥かに長い黒髪を撫でる。とても美しいそれは、さらさらと靡いた。指通りが良くて気持ちが良い。その髪を掬って、口づけを落とす。何かを抱えて前へ前へと進んで言ってしまう君の帰ってくる場所になれますように、と願いを込めた。

「俺も…僕も…ナマエのことが好き」

背中に回った腕は昔よりもがっしりとしていて、顔を埋めた胸元は分厚くなっていて、背丈だって伸びていた。男の子の身体だと思ったときに、胸が高鳴っていく。見つめ合う視線は、こんなに近くにあるのに遠く感じた。繋ぎ止めるように、無一郎の背中に手を回す。

「私、ずっと待ってるからね。また会いに来てね」
「うん。僕の帰って来るところはナマエのところ、だよね」

遠くない未来に、過去と未来と今が混ざり合うことは、今の私たちはまだ知らない。




20210202





香音様へ
リクエストありがとうございました。

有一郎と無一郎と幼馴染の主人公だが、有一郎が死んだことと、無一郎が鬼殺隊に入ったことをしらず、ある日無一郎と再会して…(甘or切甘)でという内容のリクエストでしたので、無一郎の記憶をどうするかで悩んだのですが、今回は思い出していない状態で書かせていただきました。こちらでいかがでしょうか?気に入っていただけたら幸いです。

香音さんからのリクエストの執筆を最後に、kmtは筆を置くことになりました。貴重な最後を、このような素敵なリクエスト内容で終えることが出来て、とても光栄に思っております。本当にありがとうございます。

また、拙宅の夢小説を楽しんでいただいているようで、とても、嬉しく思っております。kmtは今後は書くことはなくなると思いますが、kmtへの愛は変わりませんし、時透くん連載の「ラララ存在証明」は完結部屋の方で、いつでも観覧できるようにしておきますので、是非、また楽しんでいただけると嬉しいです。温かなメッセージもありがとうございました。寒い日々が続きますので、香音さまの方もお体にお気を付けくださいませ。では、この度は、本当にありがとうございました!






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