生きる術になりたい


__呪術師なんてクソだ。でも、その世界に縋ることでしか自分の価値が見出せない自分は、もっとクソだ。

自分が世間一般の人間とは異なる存在と認識したのは、物心がつくかつかないかの時期。普通の人には見ることが出来ない化け物のようなものが見えていた。最初は妖と呼ばれるものの類かと思ったが、違った。呪いと呼ばれるそれらを見える人間は、呪力という物が備わっており、祓うことが出来るらしい。

「……疲れた」
「おかか」
「めんどくさい。私要らないでしょ?帰って良い?それか、狗巻くんが帰れ」
「おかか!」
「だって、エリートくんが居れば充分じゃん」
「おかか!!」
「さっきから、おかかばっかりだし」

だからと言って、中学まで一般家庭で育ち、呪いとは無縁の生活を送ってきた私にとっては、この世界は苦痛でしか無かった。呪いが見えて祓える力があると言えど、所詮は3級の私は役にもクソにも立たないと思う。

「……めんたいこ?」

こてり、と愛らしく首を傾げて一緒に頑張ろうと目元を微笑ませた彼は、準1級の実力の持ち主だ。呪言師の末裔の生まれの彼は、生まれながらの実力もあり、私なんかよりも遥かに強い。

「そんな可愛く言っても駄目」
「おかか!」
「おかかおかかうるさい」
「……しゃけ」

何を思ったのか、周りの人間は私と狗巻くんを任務で組ませたがる。戦闘で相性が良いとよく言われるが良い迷惑だ。その理由を知っているのは、私だけだと思うけれど。

「ねえ、帰って良い?」
「おかか!」
「じゃあ1人で行ってくる」
「おーかーかー!!」







任務から戻り報告書を提出した後、自室の前で同級生の中で唯一同性の真希と鉢合わせた。真希はどうやら、これから任務に行くらしい。

「また棘と喧嘩したのか?」
「何で知ってるの?」
「棘からクレーム」

スマホの画面を開いて、ご丁寧に私に見せてくれる。

[ミョウジが、また怒っていた]17:56
[知るか私に聞くな]17:59
[俺との任務を何であんなに嫌がるんだ?]18:00
[だから私に聞くな。知らねーよ]18:00
[しょんぼりしたおにぎりスタンプ]18:01

内容を一瞥した後、スマホを真希に突っ返した。そんな私の様子を見た真希は、深いため息を漏らす。居たたまれなくなって、真希から視線を逸らした。

「良い加減素直になれよ」
「……うるさい」
「素直じゃねえ女は嫌われるぞ?」
「別に良い」
「本当素直じゃねーな。棘以外にはお前の考えなんて筒抜けだぞ」
「なっ…」

逸らした視線を戻すと、怪しい笑みを浮かべた真希がいる。なぜ、知っている?動揺が隠せず、その思いを訴えるように見つめた。真希は、私の考えていることなどお見通しだと言わんばかりに、鼻を鳴らす。

「好きなんだろ」

目を見開いた。ピシ…と身体の動きが硬直する。

「好きな男に情けないところを見られたくないから避ける。素直になれないから逃げる。でもって、構って欲しいから意地悪なことを言っちまう?…小学生かよ」

片手の指を1つ1つ折りながら、私の考えを述べていく真希。その様子を見て、ワナワナと身体が震えた。

「な、べ、別に!そんなんじゃないし!」
「動揺が隠しきれてねえぞー」
「………」
「棘の性格上、女に守られたいと思うタイプじゃねえぞ。お前は、大人しく守られても良い人間だ。寧ろ、それを利用するくらい強かになれよ」
「絶対いやだ」
「言うと思った」

真希はそれだけ言うと任務に遅刻するから、と私の横を通り過ぎていく。

「私だって、守りたいんだもん…」

呪術師の中で、悔いの無い死を遂げる人間はいないと言われている。弱い私を守って死なれるのなんてご免だ。







再び迎えた狗巻くんとの任務の日。いつもと違ったのは、狗巻くんが私の手を握っていることと、任務終了後の迎えが来ないこと、久しぶりに重めの負傷を負ったことだ。好きな人間に触れられているというだけで、動揺が隠せないのに、そんなことに気づいてない目の前の彼は飄々としている。

「ねえ、離して」
「おかか」
「また、おかか……」

おかかおかかと否定の言葉ばかりが紡がれる。共同で任務の度に、単独行動をしようとするから、逃げないようにこんなことをされているのだろうか。

「っていうか、もう、任務終ったじゃん」

はやく補助監督さん来てくれと何度願ったことか。そんな私の思いなんて露知らずの狗巻くんは、じぃっと私を見つめている。

「そんなに見ないでくれる?穴が空いちゃうわ」
「……すじこ?」

__何処を痛めてる?

「別にどこも」
「……おかか」

どうしてこうも鋭いのだろうか。出会った当初から、優しい人だということは知っていた。限られた語彙と行動で、不器用に周りを支える姿に惹かれたから。そのせいか、自分自身の苦しさを秘めてしまう傾向のある彼を、守りたいと思ったのに。

『教えろ』

咄嗟のことで、脳に結界を張れなかった。狗巻くんのその行動が想定外だったというのもある。だって彼が、私に呪言を放つのは、はじめてだったから。

「…右腕」

それは、幸いにも狗巻くんが掴んでいた反対側だった。

『動くな』

抵抗しようとした途端、再び降ってきた呪言のせいで、身体が硬直する。狗巻くんが、私の制服の袖を捲り、露わになった右腕の状態を見た。強く打ち付けた右腕は赤く腫れ上がっている。

「こんぶ」

悲しそうに眉を八の字にさせて、私の右腕を撫でる狗巻くん。紡がれたおにぎりの具からは、今回も単独行動を取ったことに対して咎められた。

「別にこれくらい平気だから」
「おかか!ツナマヨ!!」

__平気じゃないだろう!生き急ぐな!

苦痛に歪んだその表情を見て、心が痛んだ。そんな顔をさせたくないのに、弱い私は、悲しませてばかりだ。

「そんな顔しないでよ、狗巻くん…」

狗巻くんは、徐にスマホを取り出して文字をうちはじめる。私は、黙ったままその様子を見つめた。そこに書かれた想いを見せられて、目を見開く。

「違うよ。嫌ってなんかないよ!狗巻くんは、優しい人だから…優しすぎる人だから…。いつか自分を犠牲にして遠くに行っちゃいそうで。それが、自分のせいだったらと思うと怖いだけで…!!好きな人が自分のせいで死んじゃうなんて嫌じゃん!だから、どうせ死ぬなら1人でというか!!」

マシンガンのように紡いでいった言葉は、勢いに任せて告白になってしまった。それに気づいたときには時既に遅しで、2人して耳まで真っ赤にさせて見つめ合う。絡み合った視線は熱を帯びていて、その熱に侵されて溶けてしまいそうだった。

「…ミョウジ、ツナマヨ」

やがて、狗巻くんが私の名を呼んで、お返しをくれる。それは、彼が大事なことを伝えるときに用いる語彙だった。だけど、その語彙に愛を乗せたのは、きっと、はじめてなんじゃないだろうか。

[嫌われてるのは知ってるけど、それでも良いから守らせて欲しい。俺の知らないところで死なないで]

「私も、狗巻くんのことがツナマヨです…。ずっと、冷たくしてごめんね。ツナマヨ!」

彼の語彙で、同じ想いを、これでもかと返した。




20210110




ゆう様へ。この度はリクエストありがとうございました。両片思いですれ違ってからくっつくまで、という内容だったのですが、両片思い要素が薄いかもしれません。私の実力が足らずに申し訳ないです。私は、割と強い女の子が好きなので、素直になれないけれど自分の芯は持っているようなヒロインをイメージして、こちらの短編を書かせていただきました。実は、何度も書き直しをしてしまっていて、気に入っていただけるかとても不安なのですが、楽しんでいただけると幸いです。これからも精進していきますね。










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