幼馴染、恋人、その先に


幼馴染という関係は、とことん厄介だ。


私には国見英という名の幼馴染がいる。英と書いて"あきら"という中性的な名前の幼馴染は、その名の通り中性的な顔立ちをしているけれど、残念ながら同性ではなく身長は180cmを超える大男だ。私たちは常に一緒にいたし、互いの両親が家にいない時は、どちらかの家でお世話になるというのが当たり前になっていた。双子のように育った私たちは、お互いが考えていることがなんとなく分かったし、波長も合う。それに、私にとって英は酸素みたいな存在で、なくてはならない存在のようになっていた。

「…なに。言いたいことがあるなら言えば良いのに」
「顔が良いなと思って」
「ふーん」

小学校、中学校、高校と同じ進学先で、今日も当たり前のように一緒に勉強に励んでいた。美しい彼の顔に見惚れていると、英は訝しげな視線を寄越してくる。こういう場合は正直に答えないと機嫌が悪くなるので、思ったことを口にするとどうでも良いように返される。それなのに、ほんのりと頬が色付いている。でもそれは、敢えて口には出してあげない。

「……ねえ、英」
「なに」
「…やっぱ良いや」
「なにそれ…」
「なんでもなーい」

そして今日も勇気が出せずに、私たちは踏み込めないのだ。何故ならば、踏み込んだら私は地獄のスクールライフが待っているから。





「…ということなんだよね、金田一くん」
「お、おう?」
「はーあ、私もダメだなあ」

翌日。同じクラスの金田一くんを捕まえて、いつものように話を聞いてもらう。金田一くんは英の数少ない親友で、私の次に英の理解者だと思う。1番の理解者は私だという点は譲りたくない。

「国見は、苗字のこと特別っぽいけどな」
「うん、知ってる」
「……?そうか」
「でも無理。なんであいつあんなイケメンなの…」
「お、おう??」
「双子のように育ったのに、私は醜い…」
「いや、そんなことねーぞ?」

私が英との関係を進められないことの原因は、私が自分に自信がないからだ。

「だって!!幼馴染だから隣に立ててるようなものだよ?クラスの美人な子達に関係聞かれて幼馴染って答えたら安心されるような見た目よ?ライバルとも思われてないんだよ?もし恋人になったら殺されるわ」
「そんな卑下するなよ…」
「英なんて、らっきょになってしまえ」
「おいそれは、らっきょに謝れ」
「なんでよ」

もぎゃあーと叫んで、頭を揺らせば、金田一くんは若干後ろに下がっていく。

「しかも顔だけの男じゃないのが難点」

要領が良いから成績も良いし、運動神経も良いから強豪である我が高校バレー部でレギュラーの位置にいる。私はいつだって、何1つ英には敵わないのだ。

「国見が優しいのは苗字だけだろ」
「いや、アンタにも優しいじゃん」
「……そうか?」
「嫌味かよ」
「いや、だけどよ、女子の中だとお前にだけじゃねー?」

それを聞いて一瞬だけ、言葉に詰まった。

「だから困ってるんじゃん!!」
「なんでキレてんだ!!?」
「もう、らっきょなんて知らない」
「らっきょってなんだよ」
「アンタ以外に誰がいる」

そんな捨て台詞を吐いて金田一くんの前から姿を消した。せっかく悩みを聞いてもらったのに申し訳ない。結局その日は、授業に集中なんてできなくて、午後からは体調不良とと偽って、保健室にお世話になることにした。

保健室のベッドに寝転がり、真っ白な天井を眺めながら、私が16年生きてきた中での努力の軌跡を辿っていく。英が凄い人だと気づいた時から置いていかれないように必死だった。まずは外見。厚化粧をすると英に嫌われるので、ナチュラルメイクで、なんとか女に見えるようなメイクをめちゃくちゃ研究した。清潔にはとても気を使って、言動だってガサツにならないように頑張った。次に学業。理数系が苦手で、それは毎回英に助けてもらうけれど、文系は自己学習を頑張って、教科の成績平均は中の上をキープしている。

最後に運動。無理。以下省略。

「うあーーーっ」

こんなに頑張っているのに、近くて遠い君が酷く憎たらしい。ウンウン唸っていると、保健室の先生が引き気味にカーテンを開いた。

「大丈夫です。痛みに悶えてます」
「そんなに酷いの?薬は飲んだ?」
「あー、少し寝れば治ります。慣れてるので気にしないでください」

腹痛がひどいと言えば、女子特有のものだと思ってもらえる点は、女子に生まれて良かったと言える。本当に重い人には申し訳ないけれど、許して欲しい。狡い醜い。こんな自分が嫌だ。





どれくらい眠っていたか分からない。何やら話し声が聞こえてきて上半身を起こした。その様子を感じ取ったのか保健室の先生がカーテンを開いて顔を覗かせる。その隣には、英の姿もあった。そう言えば今日は月曜日だった。

「……うわ、ブサイク」
「うるさい」

私の荷物を持った英は開口1番にそう言った。月曜日は、英が所属するバレー部が唯一休みである。

「じゃあ、先生これから職員会議だから。国見くん、苗字さんのこと任せて良いかしら?」
「はい。家近いので、送り届けます」
「そう。よろしくね」

ご丁寧に、パチンッとウインクをした先生は保健室を去っていく。何を勘違いされたのか想像はつくけれど、私たちは今のところそんな仲ではない。それにしても職員会議なんて、本当にタイミングが悪い。そして、残された私たちは数秒見つめ合い、どちらからともなく目を逸らした。先に沈黙に耐えられなくなったのは私だった。

「ねえ、なんか言ってよ」
「なんか」
「……そういうボケはいらないよ、英のばか」

俯いて布団を握りしめると、上からため息が降ってきた。思わず、ビクリと身体を震わせると、英の細長い指先が私の髪を撫でる。びっくりして顔を上げると、とても優しげな眼差しで見つめられていた。いつもは死んだ魚のような目をしているのに、こういう時ばかりは柔らかい表情を見せるのは英の狡いところだ。

「…泣いた?」
「泣いてない」
「嘘つき。目、赤くなってる」
「分かってるなら聞かないで」
「可愛くない」
「うるさい」

髪に触れる手に、自分の手を伸ばして握りしめてみた。すると、その手を引かれて、そのまま英の胸の中に閉じ込められる。

「金田一には言えて、俺には言えないのかよ」
「なっ…な、なんで、」
「は?図星かよ……最悪」

顔を見なくても英が顔を顰めているであろうことが、すぐにわかった。

「俺、頼りない?」
「え?」
「名前、俺には何も言わねえ癖に、金田一にはなんでも相談するじゃん。アイツのこと好きなの?」
「っちがう!!」

保健室だということも忘れて大きな声を出してしまう。うるさいと額を叩かれた。幸運にも保健室には私たちしかいなかったので、ほっと肩を落とす。

「ごめん、もうちょっと待って」

縋るように英の背中に腕を回して呟いた。まだ、胸を張って隣に並べないから。もう少し幼馴染のままでいたいのだ。

「それ聞き飽きた」
「あきら、」
「もう待てない。無理」

美しいその顔が近づいてきて、逃れるように目を閉じた。柔らかな感触が唇を撫でる。

「俺のこと、どんだけ待たせるんだよ。そっちの方がやばいって、いつになったら分かんの?」

ニヤリと悪戯っ子の笑みを浮かべた英は、逃がさないと言わんばかりに私を閉じ込めた。私は英にバレないようにため息を吐く。

「敵わないな、」
「俺に勝とうとか10年早い」
「リアルな数字を出さないで」

10年後、恋人から関係が変わる瞬間、立場が逆転することを、英だけは見抜いていたのかもしれない。



20210102
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