どうかすこしのしあわせを


窓の隙間から入ってきた木漏れ日が、私の顔刺激してきて目が覚めた。寝返りを打つと、静かな寝息を立てる倫太郎が、心地良さそうに眠っている。その表情がとても新鮮で、どきんと胸が高鳴った。
 規則正しい生活を送る倫太郎とは違い、私は夜な夜な絵を描いたり、手芸に凝ったりしているため、昨日は久しぶりに一緒に寝た。とは言え、アスリートの彼女として食生活には気を遣っているつもり…だったりする。上手くできているかは自信がないけれど。小さなため息を吐いて、起こさないようにスルリと布団から出た。じんわりと触れていた体温がなくなって、肌寒く感じる。それは、私だけではなかったようで、横から小さな呻き声が漏れていた。申し訳なさを感じつつも、キッチンへと歩みを進める。

「……さむ、」

また、クーラーのタイマーを入れずに寝てしまったらしい。リビングのクーラーはつけっぱなしで、くしゃみが漏れた。ああ、電気代が勿体ない。いや、でも点けたり消したりする方が、電気代かかるんだっけ…変にポジティブに考えてしまう。倫太郎に聞かれたら呆れて笑われるだろう。
 料理は得意か苦手かと聞かれたら、どちらでもない。ただ、誰かのために何かを作ることは好きだったりする。それは料理に限らず、小物や絵も。私の作ったものを見て、嬉しそうな顔をしてくれるのを見るのが1番好きだ。まあ、1番喜んで欲しい人は、あんまり表情が変わらなかったりするのだけど。その顔を如何に崩せるか、難易度が上がれば上がるほど楽しい。力の入れ具合が変わっていく。そんなことを言ったら、きっと、眉を顰めるんだろうな。そんな顔もカッコいい。かわいい。それを想像して、思わず笑みが溢れたところで、カシャッとシャッター音が聞こえてきた。

「あ、」

やべぇ、と言いたげな顔をした倫太郎と目が合う。いつからそこにいたんだろうか。もしかして、料理の音で起こしてしまっただろうか。いろんな疑問が頭をよぎるけど、その前に。

「ねえ、今撮った?」
「……さあ」
「なんで嘘吐くの。撮ったでしょ?やめてよ、すっぴんだし髪もボサボサなんだけど」

料理の手を止めて、倫太郎の方へと歩み寄る。いくつになっても、これは直してくれない。昔からスマホで写真を撮るのが好きな倫太郎は、たまに不意打ちを狙ってくる。それを可愛いと言うけれど、何処がだと毎回思う。SNSに上げた暁には、別れようかと思ったほどだ。手に持っているスマホを取り上げようとした瞬間、倫太郎はこれでもかと腕を上にあげた。これでは奪うこともできやしない。再びため息が漏れたところで、ポンポンと頭を撫でられる。唇をかみしめて睨みつけておいた。

「こわ」
「倫太郎が悪いと思うけど」
「誰にも見せないからさ」
「そう言う問題じゃないんだけど!」
「あ、名前。朝飯なに?」
「聞いてよ!」

パタパタとキッチンの方へと向かっていく、大きな背に抱きつく。首に腕を巻きつけて、仕返しのつもりで力を強めてやった。

「ちょっ……痛い痛い、締まってる締まってるから……」
「なら消す?」
「消す消す、ごめんって」

力を緩めると、くるりと倫太郎の身体が反転した。すっぽりと胸の中に包まれて、覚醒したばかりだと言うのに、再び睡魔に襲われる。

「……ふは、もっかい寝よ」
「駄目。ご飯食べなきゃ」
「でも、眠いんでしょ?」
「食べてから寝るもん」
「あっそ」

呆れたような顔をしながら、降ってくる声は、とても柔らかい。ああ、好きだなあと思ったところで、細く長い指先が、するりと私の下瞼を撫でた。この間、隈を指摘されたばかりだったので、慌てて両手で顔を隠そうと試みたけれど、それが叶うことはなかった。

「名前。今日は、ゆっくりしよ」

甘い口付けに、翻弄されるまで、あと___。


20210827
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