あまくないどく


ダアンッと激しい音を立てて飲み干したグラスを置いた。目の前に居る店主が怪訝そうな視線を寄越してくるが、この際無視だ。アルコールが流れていく食堂が熱くて胸焼けしそうで気持ちが悪い。損な私なんてどうでも良さげにしている治を見ていると、更に腸が煮えくりかえる。常連客で、腐れ縁の私をぞんざいに扱いやがって…!覚えてろ!心の中で恨み節を残しておく。

「うっさいねん」
「なんも言ってない」
「顔に書いとるで」
「嘘や!」
「おん、嘘や」
「……っ、治!!」
「なんやねん、お前と違ってこっちは忙しいんですぅー」
「流石、侑と同じDNA」
「あぁ?あの人でなしと一緒にすんなや」

時刻は19時過ぎ。丁度ご飯時で、治のお店は賑わっていた。店主の人柄もあってか、いつもこのお店は賑わっている。アットホームな雰囲気と、とっても美味しいお米。それを愛情込めて握る姿。昔から、ご飯のことになると目を輝かせていた彼が、それを生業にするなど誰が想像したのだろうか。でも、なんとなくしっくりくる。それなのに、

「で?今度はどないしたん?」
「どうもせえへん」
「阿呆。何年の付き合いやと思っとるん?苗字の考えとることなんか分かるわ」
「うるさい…」
「飲み過ぎやで」
「うるさい…」
「おい寝んなや」
「………」

__最近、倫太郎の考えとることが分からん

遠距離恋愛をはじめて大分経つ。どちらかと言えばマメな方で、インスタに写真を上げたりメッセージを送れば、大抵その日のうちか、遅くなっても1日以内には何かしらリアクションがあった。それが、ぱったりと無くなってもう1週間ほどになる。

「忙しいだけやろ」
「……ん」

でも、だって。頭に浮かんだ言葉を呑み込む。クールで高身長な倫太郎は、昔からモテた。私なんかよりも良い女なんて、世界に何万、何億といる。

「なんで、バレーボール選手になったんやろ」
「はあ?」
「あんまイメージないやんか」

侑みたいにバレーボール命って感じでもないし、どちらかと言えば、こっそり手を抜いたりすることだってあった気がする。そんなことを言えば、倫太郎のファンに殺されるだろうか。だけど、バレーボールの道を歩き出してから、倫太郎の考えることが分からない。周りはどんどん結婚していって、子供が居る友人だっている。そういうのに憧れだってあることを知っているくせに。

「侑みたいに、女心わからんやつやないやんか」
「苗字、それツムに聞かれたら、どつかれるぞ」
「……なんで、連絡くれんのー」
「知らんわ。そんな気になるなら電話したらええやん」
「めんどくさいとか思われるー」
「現在進行形で、俺にめんどくさいと思われとんのはええの」
「おん」
「……ほんっと、お前やなかったら外に放り出してるからな」
「なんなん、やさしいやん」

そのやさしさが痛い。なんで、目の前にいるのは幼馴染なんだろうか。いや、治がいてくれて良かったなとは思うよ。だけど、それとこれとは話が別で。

「はあ、起き。迎えや」
「迎え…?」
「あらら…出来上がってんじゃん…」
「角名が、連絡寄越さんからやろ。ほら、後は2人でごゆっくり」

ふわふわ、くらくらと視界が揺れる。酷く懐かしい声が聞こえてきた気がした。他愛もない話を繰り返す姿は、あの頃と何も変わらないあどけない顔をしている。

「な、な…」
「ひさしぶり」
「いままで、ほったらかしにしといて、よう会いに来れたな!!」
「うっわ、めっちゃ怒ってんじゃん。今から機嫌直してあげるから落ち着いて?」
「はあん!?私は何言われてもゆるさへん!」
「あー、もう。ごめんごめん。ほら、今からプロポーズするから機嫌直して?」
「は…」

ロマンチックの欠片もない顔で。普段通りの抑揚で。緊張しているような姿も一切見られない雰囲気で。紡がれた言葉を理解するのに固まる。ガツン、と鈍器で頭を殴られた感覚とは、この事だろうか。ちらり、と治へと視線を向けると、勘弁してくれと言わんばかりに首を横に振られる。

「え、プロ…え!?ってか、なんで此処にいて?いや練習は、え?」
「名前が言ったんじゃん。はやく結婚したいーって」
「……いや、まあ。え?」
「俺は今すぐにでも良かったんだけど、そう言ってる姿が面白…可愛かったから、しばらく見てた」
「いま面白いって言った?」
「さあ?」

ごそごそとポケットから取り出されたのは、手のひらサイズの青いケースの箱。パカンと開かれたその先には、女の子なら1度は憧れるものがあった。

「俺から言うつもりだったけど、結婚したくてしたくてたまらないって顔されるのって悪くないよね」
「性格悪…」
「そんなやつのことが好きなくせに」

いつの間に知られていたのか、はめられた指輪は私のサイズぴったりで。悪い笑みを浮かべるその顔は、どこか艶めかしく感じてしまうのだから、重症だ。惚れた弱みというやつだろうか。私を放って、いじける私を見て楽しんでいた奴なのに。指輪をはめた私を見て、いままで見たことも無いような柔らかい笑みを浮かべるのだから狡い。絶対一生、この人に勝てない。そう思った。





20210618

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