小生意気な口の端


夏場の体育館は蒸し暑くて、練習に励む部員達にとっては地獄のような時間だと思う。そんな中、集中力を切らすことなく、キレイなトスを上げ続ける1つ下の後輩の後ろ姿を眺める時間が好きだったりする。そんなこと口が裂けても言う事なんて出来ないけれど。

「牛島さん、もう1本お願いします」

ただ、ひたむきに。いつだって、真っ直ぐ前を見据えて歩むその姿は、年下とは思えないほど美しくて格好良くて、自然と目を奪われる。

「おーい」
「うわ、」
「ぼーっとしてると、流れ弾当たるぞ。仕事しろよ?」
「うん、ごめん」

隣にいた瀬見が、呆れたように笑った。案外分かりやすいようで、当人以外には私の想いなんて筒抜けだと思う。

「ま、気になるのは分かるけどな」

努力家な彼は、とうとう正セッターの座に立った。そのことに、納得している人間が多いのは、白布の日頃の行いがあるからだと思う。奪われたと言ったら聞こえが悪いかもしれないが、瀬見もそう思っているから、尚更そう感じる。そんな白布は最近オーバーワーク気味だ。そのことに本人は気づいているのかいないのか。周りは、彼にどう声を掛けるべきか、みんな悩んでいるように感じた。

「瀬見なら、どうする?」
「俺?現在進行形で声かけてるんだけどなあ…ったく、本当かァいくねー…」
「何事もなければいいけど…」

私のその願いは、届かなかった。







ドタドタと慌ただしい音と、「誰か!先生呼んで来い!」「おい!大丈夫か?」騒がしい声が聞こえてくる。胸騒ぎがした。どくんどくんと、心臓が嫌な音を立てて脈打つ。足早に体育館へと戻ると、白布が横に寝かされていた。荒い呼吸をしながら、顔を真っ赤にしている。直ぐに、熱中症か脱水症状を起しているのだと思った。

「悪いケド、ちょっと見ててあげてヨ」

保健室の先生が到着したのを確認した後、余裕なさげな声で、そう告げて立ち去っていく天童。「お前らは練習戻れ!」と大平が告げる。川西が、手に持っていた氷水の入ったナイロン袋を私に渡して「後は頼みます」と言って、その後ろを追いかけた。嫌な予感が、当たってしまった。気づいていたはずだ。オーバーワーク気味な彼の姿を、何度も見ていたから。

「白布くん分かる?」

先生の声にハッとなる。意識を確認している先生の横に並んで、呆然と立ち止まったままの自分を恥じた。川西から渡された氷水を、頸の辺りに当てる。あまり日焼けのしていないキレイな首筋に、したたる水。不謹慎にも、美しいと思ってしまった。苦しそうな表情で、うっすらと目を開いた白布は、パクパクと口を動かしている。「なに?」と慌てて、口元に耳を寄せた。

「す、みませ…」
「謝らなくて良いから!」

部活を中断してしまったこと。体調管理がしっかり出来ていなかったこと。身を案じてくれたチームメイトを突っぱねたこと。その言葉には、たくさんの意味が含まれているのだろう。だけど、それはお互い様だと思った。そんなの私だって、

「白布くん、飲める?」

先生から手渡されたボトルを受け取った白布の手から、ボトルが滑り落ちそうになるのを慌てて止めた。そっと手を添えて、補助してあげる。だけど、口角からスポーツドリンクがダラダラと零れ落ちていき、喉仏を伝ってシャツを濡らしてしまった。熱帯びた身体を流れていく雫は、体育館の照明に反射してキラキラと輝いて見えた。目の前で後輩が苦しんでいるというのに、邪な気持ちが頭を過ぎってしまい居たたまれなくなる。

「……何ですか」

視線に気づいた白布が、ジトリと此方を見た。なんて答えるのが正しいのか分からず、「タオル取ってくるね」と言ってその場を去る。チームメイトが練習している近くまで行くと、白布の鞄を放られ手渡された。そして、監督と目が合う。「着いててやってくれ」とだけ言われて、私は再び彼の元へと歩を進めた。







保健室に辿り着く頃には、白布の意識は鮮明に回復していた。ベッドへ横になるのも自力で出来るほどには、足取りもしっかりしている。

「もう大丈夫なので、戻ってください」

淡々とそう告げられるけれど、それに簡単に頷くことはできなかった。正セッターになってから、白布にはかなりのプレッシャーがのし掛かっていたことだろう。それに気がついていたのに、私は何も出来なかった。瀬見や天童が、白布に声を掛けていたのも見ていたし、監督が「休め!」と言っていたのも聞こえていた。それでも、練習しようとする姿を見かけて黙認していた。黙認していたら、いけなかったのに。

「なんて顔してるんですか」
「え、」
「これは、俺のせいです。苗字さんのせいではありません」
「そんなこと「あります」……っ、白布」

マネージャーとして、自分がとるべき行動が分からない。ひたむきに頑張る彼らを支えるのが私の役目だ。

「だから、そんな顔しないください」

俯く私の頬に手を伸ばした白布が、そっと私に触れる。ゆっくりと顔を上げると、白布がまっすぐと此方を見つめていた。キレイな瞳に映る私の姿は、なんとも滑稽に見えてくる。それを見た白布がそっと目を伏せた。さらりとした前髪が揺れる。再び視線を落としていくと、キレイな鎖骨が目に入った。その途端、体育館での姿が過ぎる。真っ白な肌に、流れ落ちていくキラキラと輝く雫。熱帯びた顔が、私に何かを訴えていた。両手のひらにグッと力を入れたとき、白布がクツクツと喉仏を揺らした。

「……何ですか」

体育館で言われた言葉が、再び返って来た。ちょっぴり口角を上げた白布が、再び私の顔を覗き込む。浮かんできたものを必死に沈めるのに精一杯な私を見る白布は、とても意地悪そうな顔をしていた。

「見てましたよね」

そう言って、すこしだけ頸元のシャツをズラして、鎖骨を曝け出す。「違う!」と大声で叫ぶと、先生から咎められた。ニヤリと笑った白布が、私の耳元に口を近づけて「ここ、保健室ですよ」と言った。そして、「着替えて良いですか」と呟く。徐に鞄へと手を伸ばす姿が、とてもスローモーションに見えた。慌てて後ろを向くと、再びおかしそうに笑われる。Tシャツと肌がこすれる音が耳元に響いてくる。完全にその場を後にするタイミングを見逃してしまった。

「し、白布…私そろそろ部活に戻っ「苗字さん」、ヒエ、は、はははハイ」
「……今度、見物料ください」
「え、」
「いいですね?」
「は、はい」

有無を言わさず眼光に、思わず頷いてしまった。それを見た途端、ベッドへバタリと倒れていく白布。そのまま意識を失ってしまったようで、スースーと寝息が聞こえてきた。がくり、と脱力する。真っ赤な顔をした白布の額を、そっと撫でた。数週間後、決してこのことを忘れてなかった白布にデートに誘われることなど、この時の私は知る由もない。




20210613

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