だって顔に書いてある


「なんかよう?」

第1印象は無愛想な子。

「おい…。そこ、だんさある。ころぶぞ」

次に、とても優しい子。そして、

「苗字さーん、アイツめっちゃ不機嫌なんだけど、なんかやった?」
「さあ」
「勘弁してくれよー」
「元也くんなら大丈夫でしょ」

凄く分かりやすい人。







佐久早聖臣と言えば、高校バレーボールの世界では有名人。柔軟な手首から繰り出される強烈なスパイクは、私の心を震わせた。だけど、私と臣くんの出会いは、もっと前だ。

「怒ってんのか?」
「ううん」
「お前…」

私たちは所謂幼馴染という関係である。物心ついた頃から知っていて、気がつけば傍に居るのが当たり前になっていた。だから、なんとなく臣くんが考えていることは分かるし、逆に臣くんだって私の事は分かっているんだと思う。たった1つを除いて。

「……降参だ。教えてくれ」

幼馴染という関係は、うらやましがられることも多いけど、大変だと思う。家族のような関係を築くことが出来れば、何不自由なく永遠に仲良しで居られるのかもしれない。だけど、

「だから、怒ってないよ?」
「怒ってるだろ」
「本当に怒ってないよ」
「……なら何か隠してる」
「隠してない」
「隠してる。言え」

それは、お互いが恋情を抱いていなければの話だ。ざわざわとクラスメイト達が騒ぐ声が、クリアに私の耳を刺していく。「珍しいね。喧嘩かな?」「いっつも仲良いのにね」どことなく嬉しそうな声。「早く仲直りしないかなー」「さっさと付き合えば良いのに」余計なお世話だ。何も知らないくせに。拳を握りしめる。

「……名前ちゃん」

咎めるように名前を呼ばれたけれど、こればかりは、私だって譲れないのだ。

「今日は、先に帰るから。部活頑張ってね」
「……終わったら家行く」
「来なくて良い」
「行くからな」

そうやって別れる私たち。私たちの距離に明確な溝が生まれたのは、中学に上がって少し経った頃だ。小学生の時にバレーをはじめた臣くんは、持ち前の努力とセンスで才能を開花させた。色めき立つ中学時代。誰よりも目立っていたと思う。そんな臣くんに比べて、平凡な私。釣り合っていないことは明確だし、潔癖症な臣くんは、"そういうこと"に興味がないと思っていた。校門を出たところでピコン、とスマホが鳴る。

"ごめん"

私が何に怒っているかも分からないくせに。

「バカ臣」

昼休みのことだった。元也くんに、臣くんが隣のクラスの女の子に呼び出されたと言われた。それに至っては珍しいことではない。臣くんはモテる。でも、結果は毎回同じ。「興味ない」「今はバレーが大事」と言ってバッサリだ。だから、今回も同じだと思ってたのに。

「佐久早くん、抱きしめてたらしいよ」
「ええーっ!あの2人付き合っちゃうのかな?」
「あれ、でも名前ちゃんは?」

実際に見たわけではないから、間違っているかもしれない。事実を確認するべきかもしれない。でも、それをしてしまったら?「お前には関係ない」っていわれるくらいなら、まだ良い。「彼女、できた」って報告を受けて失恋したって良い。だけど、私の想いが気づかれるわけにはいかない。知られてしまったら、見ていることさえ許されなくなる。

__そういうの無理だから

中学の頃。臣くんに想いを寄せていた女の子の中に、そんなことを言われた子が居る。多分、好きな人以外からの好意は、臣くんにとっては気持ちが悪いのだ。私は元也くんとは違う。私は、"女の子"だから。








家に帰って、そのままベッドに突っ伏して眠ってしまっていた。日は陰り、部屋の中は真っ暗だ。電気を点けようとベッドから這い出たところで、

「おい」

聞き慣れた低い声が聞こえてくる。大方、親が通したのだろう。いくら幼馴染と言えど、年頃の娘の部屋に男を入れるのはどうかと思う。

「……なに?」

ぎこちない笑みを返す。

「なに怒ってんの」

今日幾度と無くされた質問だ。これからも、幼馴染でいるために、私が出せる答えはたった1つ。

「別に。さみしかっただけだよ」
「……は?」
「こんなに付き合いが長いのに、臣くん彼女出来たこと教えてくれないみたいだから」
「……待って、何のこと」

良かったね、なんて心にも無い言葉を被せる。今、電気が点いてなくて良かった。臣くんに、顔を見られないから。

「彼女なんていないけど」
「ええー?じゃあ、フッたの!?勿体ないなあ」
「……それ、本気で言ってるワケ?」

あ、機嫌が悪くなった。そう思った途端、臣くんに腕を引かれる。気づいたときには、臣くんの香りに包み込まれていた。若干消毒の匂いもするのだから抜かりない。


「私、お風呂とか入ってないけど」
「知ってる」
「てか、なにするの?」
「うるさい」
「ええ…」
「名前ちゃんは、俺に彼女が出来たら嬉しいの」
「うん」
「嘘つくな」

気落ちした声が頭上から降ってくる。そして、抱きしめている腕が微かに震えているのが分かった。一人だけ、この状況に置いてけぼりにされているような気がしてならない。

「俺が、こういうことするのは名前ちゃんだけ、なんだけど」
「ちっちゃいころから一緒だもんね」
「そうじゃねえよ」
「え?」
「なんで、いつもそうやって逃げるの」
「逃げる?」
「俺は、関係を変えたいって思ってた」
「え、」

パチン、何処からか音が鳴る。その途端、勢いよく臣くんの身体が離れていった。眩しい光が瞳を突き刺してくる。チカチカとした視界の中で、愉快な声を上げたのは私のお母さんだった。「あんたたち、こんな暗がりでなにしてるの!?」って。せめて足音立てて入ってきて欲しかった。そんな思いなんてお母さんは分からないのだろう。

「臣くんご飯食べていくかしら?」
「いいえ。今日は遠慮しておきます」

そう言って荷物を背負う臣くん。マスク越しだが、なんだか顔が赤くなっている気がする。それを呆然と眺めていると、私の耳元に顔を近づけて、捨て台詞を吐いた。それによって憶測、期待が広がってしまう。嘘でしょ。信じられなくて自分でかき消していく。

「お邪魔した?」
「ううん、大丈夫」

どことなく嬉しそうな母親の声が、それを助長させた。

__俺は、ずっとお前と同じ気持ちなんだけど。

「なんで、わかってたの…」

ピロン、とスマホが鳴った。そこに書いてある文字が、先程零れた疑問を回収してくれる。真っ赤になった顔を再び母親にからかわれる。全て分かっていたのは向こうで、私は何も分かっていなかったらしい。






20210526






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