あなたを奪った丘でまってる


中学校に上がって直ぐ、自分の体力のなさを痛感した私は、部活が休みの日も、そうでない日も欠かさずに毎朝走るようにした。毎日同じコースだと飽きてしまうので、帰れなくならない程度に、コースを変えて走る日々はとても楽しかった。そんな日々を送る中で、

「……よう」

お気に入りスポットで、君と出会った。自分が走るコースの中に、キレイな景色が見える丘がある。そこが休憩に打って付けで険しい坂を上った後に、吸う空気も心地よく、目に見える絶景に癒やされる。

「お疲れ様、影山くん」

それは影山くんも同じだったようで、気がつけば、此処で会って話したりするのは、私たちだけの密かな秘密になった。そんな日々を送る中で、私が影山くんに恋に落ちるのは時間の問題だった。影山くんは、同級生の中では、色々な意味で目立つ存在だった。整った顔立ちは、学年の女の子を虜にしていたし、バレーボールの技術の高さはピカイチ。ただ、それだけには収まらなかった。出る杭は打たれると言うけれど、影山くんは、コミュニケーションの分野に置いては、とても不器用な人だったから。"自己中"とよく言われていた。気づけば、"王様"なんていう不名誉なあだ名まで、付けられていたと思う。

「あんなやつの何処が良いんだよ」
「そんなこと言わないでよ、英」
「俺は、名前のことを心配してるんだけど?」
「……ただ不器用なだけで、悪い人じゃないよ」
「はっ、だから仲良くしろって言うのかよ」

幼馴染にバカにされても、私の想いが変わることは無かった。それなのに、

「苗字は国見の事が好きなのか」
「え…?」

幼馴染の英とは、とても仲の良い自覚がある。だけど、それは、あくまでもお互いがそういう感情を抱いていないという前提だ。男女間の友情が成立するタイプだと思っている私と英は、それ以上の関係になることはない。英には別に好きな女の子がいるし、私は、

「英は、幼馴染だよ」
「………」
「それ以上になることは、ないよ」

だって、貴方のことが好きだから。それは、音にならなかった。

「アイツの何処が良いんだよ」

プチン、と音が切れる。違うって言っているのに、どうして信じてくれないの?英と影山くんが仲が悪いのは知っているけど、それを私に言うのは失礼じゃない?誰にだって仲が良い悪いはあると思うけれど、私にとっては大事な幼馴染で、なんだかんだ良い奴だし。いろんな想いが頭を占めていく。フツフツと湧き上がる想いに、必死に蓋をしようと抑え込んだ。

「影山くんだけには、そんなこと言われたくなかったな」
「……苗字、俺は、」
「私、影山くんのそういう所がイヤだ」

私の初恋は、それっきりで終わったと思っていた。







新山女子高に進学してからは、バレー漬けの日々で、たまに英に会ったりはしていたけれど、恋愛とは疎遠の日々を送っていた。同年代の女子よりも、遙かに伸びた身長のせいなのか、初恋の人を忘れられないせいなのか、同年代の男子と知り合っても、そういう雰囲気になることはなかったから。多分、後者のせいなのだと思うけど。

「まだ、忘れられねぇの?」
「……英に言われたくないんだけど」
「残念。俺は、仲直りしたけど?」

英は、私の中学時代からのチームメイトと付き合うようになっていた。

「願掛けしてるんだよ」

思い出のあの丘に、たった1人で、ぽつんと佇んで。

「……そうかよ」

英は、それ以上は何も言わなかった。何も言わずに私の横に座りこんで、瞳に中を覗き込んでくる。きっと、何もかも分かってしまっているのだろう。だけど、それ以上はしてこないのが、英だ。昔から、私がしんどいときに、何も言わずに寄り添ってくれる。友人も英のこういう所が好きになったのだろう。それを、影山くんにも知って欲しかった。それだけなのに、

「待ってるだけじゃダメなのかな」
「……さあ?別に、その程度の男なんじゃねえの?」
「もう!そういうこと言わないでよ」
「アイツが、お前のこと本気で好きなら大丈夫だろ」

ムスっと不機嫌そうに口を尖らせた英。でも、少しだけ頬を緩ませて、

「アイツ、あの頃と変わったから」

そう言って立ち上がった。乱雑に私の髪を撫でた後、英は帰路へと向かっていく。私は英のせいで、なんとも言えない複雑な感情が沸き起こってくる。その苛立ちを誰かにぶつけることも出来ずに、ひたすら駆けだした。何処で間違えてしまったのだろうとか。あのとき、私が影山くんの味方になってあげれば、何かが変わっていたのだろうかとか。色んな想いが胸から溢れてきて、それは次第に頬を濡らしていく。乾くことなく、新しい雫が流れ落ちていった。ただ、がむしゃらに走って、走って、走り続けて。これ以上、雫を落としたくなくて見上げると、キレイな星空が目に入った。荒い呼吸を整えながら辺りを見渡すと、そこは思い出の場所だった。

「……はぁはぁ、何で私、また此処に」

幾度となく訪れた。もう1度、会えないかなと。だけど、それは叶わなかったはずなのに。どうして、こんなに顔面がしわくちゃになった状態で見つけてしまうのか。不細工な顔を見られたくないけれど、この機会を逃してしまえば、もう会えない気もして。何も出来ず、そろりそろりと近づいていく。最後に会ったときよりも、かなり伸びた背丈。烏野高校と書かれたジャージ姿。あまり変わっていない髪型。見間違うことはない。紛れもなく、私の、好きな人。

「っ…」

パチッと足下で音が鳴る。視線を下に落とすと、折れてしまった枝があった。

「苗字?」
「あ、」

やばい、と思って駆け出す。逃げてどうするのだと脳が警鐘を鳴らした。あんなに会いたいと思っていたのに、また私は選択を間違えてしまった。後悔に苛まれながら、再びがむしゃらに走って、走って、走り続けて。すると、思いっきり腕を掴まれて、グイッと後方へと身体が引かれていく。遙かに逞しくなった腕の中に閉じ込められて、乾いてしまった頬が、再び濡れていく。

「……悪かった」
「な、なんで影山君が謝るの?」
「あのときの、苗字の気持ちが分かったんですコラ。文句あんのか」
「なんで、喧嘩腰なの?」
「す、みませんですコラ」
「ねえ!バカなの!?」

昔から勉強が苦手だった記憶はあるけれど、語彙力どこに置いて行ったの!?そう指摘した後、短い沈黙が流れる。目と目が合わさった途端、お互いの口角が同じタイミングで上がって、笑い合った。

「いや、なんか苗字が国見の味方ばっかりするのが気にくわなかった…。俺のモンでもないし、国見のモンでもないの分かってた、けど。腹立ったんだよ!」
「わ、分かった!!分かったから!!」
「お、おれ…中学の時から、お前のこと好き、でしたコラ。だから、付き合ってくれ!」
「は、はい!!」

ふと顔を見上げると、月明かりに照らされた影山くんの顔は、真っ赤に染まっていて。何度も何度も遠回りをした私たちの恋が実った瞬間だった。







(ところで、格好的にロードワークしてたわけではなさそうだけど、どうして此処に居たの?)
(此処に来れば、そのうちお前に会えるって国見が…)
(えっ?)
(それから通ってた。悪いですかコラ)
(だから、なんで喧嘩腰なの!?)


20210313

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