芽吹く気配


春。大きな大きな3年生が卒業して、私たちの代が最高学年となった。私がマネージャーとして所属する男子バレーボール部は、最初こそは少しピリついていたものの、新主将となった縁下の機転のおかげで、着々と新しいチームの形になっていく。春高で全国ベスト8とという経歴を残した彼らには、沢山の声が降りかかった。それは良いものから悪いものまで。悪いものと言うと聞こえが悪いかもしれないが、まだ10代という私たちの年代が背負うには重すぎやしないかと思われるプレッシャーも、きっと背負っていることだろう。中でも、1番にそう言った視線を浴びたのは、

「あ?ンなこと出来るわけねーだろ!」
「ヒッ!何だよ、そんな怒るなって」

目の前で、日向と喧嘩を繰り広げている影山だろうか。

「はい、2人喧嘩しないで」

2人の間に入ると、ピシッと固まる。そんなに驚かしたつもりはないのだけど、最近のこの2人の態度は変だ。

「あ、苗字さん!おはようございまァーす!」
「うん、おはよ」
「………」
「影山もおはよう」
「……ウス、」

否、変なのは、こっちだけだ。







「影山の様子が変?」

その日の昼休み。縁下のクラスを訪れて、「相談があるので、今日の昼、一緒に食べないか」と声をかけた。縁下は、すぐに了承してくれて、別に教室でも良かったのだけれど、人があまりいない屋上まで連れてきてくれる。今日は天気が良いおかげで、日差しがとても心地よい。風もそんなに強くなくて、外で食べるには絶好だった。

「うん、私によそよそしいって言うか…」

影山はもともとコミュニケーションが得意なタイプではない。嫌なことがあれば、すぐに態度に出てしまう。だから、私が何かをしてしまった場合も、気づけたはずだと思うのだけれど、私には心当たりが全くなかった。

「スガさんの真似してるのがいけないのかなー」

影山が、うちのチームに打ち解けれたのは日向がいたからと大半の人が思っているだろうけど、私は卒業していったスガさんのおかげだと思っている。個性が強い1年生たちの心を汲んで、上手く繋いでいこうとしていたあの人の存在は、まるで母のようだった。

__苗字ちゃん。アイツのこと頼むな。

そう背中を押されたのに。

「あ、やっぱり意識してたんだ?」
「やっぱりって?」
「後輩達のフォローをしてる時に、苗字の言うことが、スガさんが言ってたことに似てることが多かったから」
「まじか」

気恥ずかしくなって、乱雑にお弁当の包みを開ける。パカンと開いたお弁当の中を見た途端、いの一番に自分の嫌いな物が入っていて、更にげんなりした。

「まあ、でも、大丈夫だと思うよ」

何を根拠に、と縁下の発言に眉を寄せる。顔を顰めながら、とりあえず、まず最初に嫌いな物を咀嚼した。大嫌いな味と食感が口の中に広がっていき、めちゃくちゃ気持ちが悪い。すぐに水筒の蓋を開けて、お茶を口の中に含み、一気にそれと一緒に胃の中へと流し込んだ。

「詳しくは言えないんだけどさ、嫌われてはないから」
「いや別に嫌われてても良いんだけどね」
「……え」
「私はさ、烏野って言うチームが好きだからさ。その一員になれているだけでも、奇跡だと思えるくらいに幸せなんだよ。だから、別に部員の1人に嫌われたところで、そんなにダメージはない!」
「………」

その言葉を聞いた縁下が、今度は真っ青な顔になった。かと思えば、百面相して、ブツブツと念仏のように何かを唱えている。

「どしたの縁下?」
「いや、先行きが長いな、と」

何のことか分からずに首を傾げる。だけど、その日を境に影山から避けられることはなくなった。







毎日毎日遅くまで練習をしている彼らの背中を眺めるのが好きだ。マネージャーとしての雑務をこなしながら、聞こえてくるスパイクの音。レシーブを返したときに、響いてくる嬉しそうな声と拾われたことに対する悔しそうな声。みんなを鼓舞するコーチの言葉も、それを見守る武田先生も眼差しも。

「苗字先輩!終りましたよ!」
「ありがとう。私は鍵帰してくるから、仁花ちゃんは先に行ってて」

駆け寄ってくる可愛い後輩マネの顔も、大好きだ。職員室まで行って、体育館の鍵を返却した後、薄暗い廊下を1人で歩いていると、「苗字さん!」と名前を呼ばれる。暗がりの中、目を凝らして辺りを見てみると、最近態度が一変した影山がいた。

「あれ?何してるの?」
「苗字さんが鍵を返しに行ったと聞いたので迎えに来ました?」
「なんで??」
「危ないので?」
「は?」

影山からしたら、私が子供か何かなのだろうか?首を傾げながら危ないと言われても説得力に欠ける。危ないなんて本当は思っていないということは明白だった。

「何か、悩みでもあるの?」

とりあえず、隣に並ぶ。そして、靴箱の方へ向かうと慌てて後ろを追いかけてきた。

「は?あ!は、はい!!イエ!?」
「ふふっ…どっち?」

もしかして、私に相談でもあるのだろうかと思ったけれど、この様子を見る限り違うようだ。とりあえず靴箱まで辿り着くと、一旦別れる。靴を履き替えて2年生の靴箱の方まで行くと、何やら考え込みながら靴紐を結んでいる姿が目に入った。何かに悩んでいることは間違いないらしい。

__アイツは、不器用だからさ。ほんの少しの言動に、本音が隠れてたりするから、見逃さないでやってよ。

不意に、卒業前にかけられた言葉が頭を過ぎった。

「影山」

靴紐を結び終ったのを見計らって、名を呼ぶ。そうすると、緊張した面持ちの顔があった。なんて声をかけるべきか思案する。だけど、此処は普通に、

「帰ろっか」
「……ハイ」

玄関を出ると、既に辺りは真っ暗だった。空を見上げると、キレイな星々が輝いている。

「あの…苗字さん…荷物、持ちましょうか?」
「え?ううん、大丈夫だよ」
「……ウス」

普段よりも、ゆったりとした足取り。ちらりちらりと私の顔を覗くように見てくる。きっと、話す話題に困っているんだろうなと思った。校門まで辿り着くと、てっきり、みんなが待っているのだろうと思っていたのに、そこには誰もいなくて目を見開く。影山の方を振りかえると、気まずそうにポリポリと頭を掻いていた。

「……送っていきます」

遠慮しようとしたところで、頭に浮かんだスガさんと縁下の顔。そんなまさか、と思ってしまう。けれど、今日の所は、その言葉を呑み込むことにした。

「じゃあ、お言葉に甘えようかな」

家に帰るまでに、この状況について整理して、考えなければと独りでに意気込んでいることなんて、横を歩いている彼は知らないのだろう。





20210202





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