のろいの代償
任務の集合場所に辿り着くと、既に狗巻くんは到着していた。付近に車がないので、恐らく私と補助監督を待っている状態なのだろう。そろりそろりと近づいていくと、直ぐに私に気づいてくれた狗巻くんが、トコトコと此方に歩み寄ってくる。その光景を見つめていると、なんか尻尾と耳が生えた犬のように見えてきて、慌てて頭を横に振った。先程まで、乙骨くんと狗巻くんについて話していたからだろうか?なんか、狗巻くんが可愛く見えてしまったのだ。男の子に可愛いという感情を抱くなんて失礼かもしれない。恥ずかしくなって俯いていると、顔を覗き込まれる。

「…高菜?」

心配そうに傾げられた首。顔半分が隠されている中で、美しい澄んだ瞳が私の姿を写している。目を合わせてられなくて逸らすと「おかか」と不満そうな声が漏れた。一歩一歩と後ずさっていると、フェンスに背中をぶつけて逃げられなくなってしまう。ようやく足を止めた私を見つけた後、

「…いくらー?」

__具合悪いの?

と問いかけられた。私は勢いよく首を横に振るけれど、納得していないのか、狗巻くんの右手が私の額へと伸びてくる。そっと触れられたそこが、ジリジリと熱くなっていくけど、平熱の範囲内なのだろう。熱はないと判断した狗巻くんに、「すじこ」と言われる。無理はするなと釘を刺されてしまった。

「あ、いや…違うの…さっきまで、乙骨くんと話してて、」
「おかか!」
「ええっ!?なんで、怒ってるの?」
「……おかか」
「そんな不満そうな顔で否定されても…」

その纏う雰囲気は説得力に欠けている。慌てて機嫌を取ろうと、取り繕っていると、

「いくら?」

__なに話してたの?

と問いかけられた。多分、この問いに正直に答えないと、更に機嫌を悪くさせてしまうのだろう。だけど、正直に答えるって、なんて言えば良いのだろうか。自分の知らないところで自分の噂話をされてたなんて知ったら、嫌な気分になるんじゃないか。そう思って、もごもごとしていると、眉間の皺がドンドン深くなっていく。

「い、狗巻く…」

グイっと腕を引かれて、すっぽりと逞しい胸の中に閉じ込められてしまった。逃げられない状態になってしまったのと、先程まで相談していた内容が頭を過ぎってしまい、バクバクと波打つ振動が抑えられない。

「あ、乙骨くん、とは…狗巻くんの話をしてただけ、で…」

か細い声で、なんとか紡いだ言葉を、きちんと拾われる。動揺したように身体を震わせた狗巻くんは、ゆっくりと私を離してくれて、そして再度顔を覗いてきた。なんとか盗み見た表情は、どことなく嬉しそうだったけれど、追い打ちをかけるように、どんな話をしていたのかと問われる。

「大した話じゃないよ…?この間の任務の結果とか…。一応メッセージで伝えてたけど、電話が来たついでに、声に出して説明もしたくて…あと、は…」
「……ツナ?」
「あ、その…パンダくんが、狗巻くんと私の事を話してたみたいで…」
「……おかか」

アイツ…と目を細めた狗巻くん。これは、任務から戻って来たら、パンダくんは可哀想なことになるのではと心の中でお祈りしておいた。人のプライベートを話すのが悪いんだと思っておく。

「乙骨くんって、里香ちゃんという存在がいるじゃない…?だから、参考程度に恋愛とはどういうものかと聞いて…」
「ツナー?」
「わ、私も…ちゃんと考えないとと思ってたから、いつまでも待たせるのは悪いし」
「しゃけしゃけ」

気にしなくて良いと言わんばかりに、やさしく頭を撫でられる。

「そ、そう言うわけにもいかないというか…。申し訳ないとも思うけど、いつまでも待たせるのって失礼というか…人の気持ちは変わるものだし、こんな可愛げのない私よりも、もっと、「おかか!!」……っいぬまき、くん」

それ以上言ったら怒る。そんな顔をしていた。私は何か選択を間違えてしまったらしい。不安げに見つめると、ハッとなった狗巻くんが、壊れたように、沢山のおにぎりの具を紡ぎはじめた。もちろん、全てを理解してあげることが出来なくて、悔しさのあまり拳を握りしめる。そんな私の様子に、直ぐに気づいた狗巻くんは、私の両手を包み込んだ。その後、隠している口元をゆっくりと露わにして、呪力が乗らないように気をつけながら、

「……梓、す…き…」

と呟いた。何も心配しなくて良いと言いたげな目は、熱を帯びていた。逸らしてはいけないと、黙ってその目を見つめていると、そんな私たちの空気を壊すかのように車が乱入してくる。……今から任務なのだ。気を引き締めなければ。







任務地に辿り着くと、今回は全てが終わっていた。何でも隣町で任務をしていた七海さんが、先に駆けつけていたらしく、2級相当の呪霊だったようで簡単に祓ってしまったようである。特に怪我もしておらず、戻ろうかとなったところで、

「うわあああああああんっ」

小さな子供の泣き声が聞こえてきた。両膝から血が流れていて、かなり痛そうである。私は、狗巻くんに視線を向けた。特訓の成果を試してみても良いのではないか、と。だけど、それは七海さんに止められてしまう。

「一般人に反転術式を用いるのは危険です。あの子は、呪力も持たない様子でしたし、止めた方が良いでしょう」
「っでも」
「貴女は、とても優しいですね。ですが、怪我が魔法のように治ってしまうところを見た人間の反応は、良いモノではないことがほとんどでしょう」

家入さんは、化け物!と言われたこともあると諭される。一般人に呪力について説明することは難しい。だからと言って、何もしないなんてことは出来ない。

「幸いにも、あの怪我は命に関わりません。だから、」
「姿を見られなければ良いですか?」
「須藤さん」
「車の中で旋律を奏でて、それに狗巻くんの呪言をのせます。それなら、私は傷つきません」

あの子は怖がるだろうか。でも、傷ついている人を治す術を知っているのに、何もしないなんてことは、出来るわけが無い。

「五条さんが、貴女が呪術師に向いていないと言っているのが分かる気がします」

七海さんは、そう言うと徐に袖を捲って、腕を見せてくれた。そこには5cmくらいの裂傷が出来てしまっている。

「呪歌を試すのは私にしてもらっても良いですか?人体に使ったことは、まだ無いのでしょう?失敗して、あの子供が更に傷つくリスクを、君はちゃんと考えていますか」

淡々と告げられる言葉。視線は終始、あの子供へと向いている。その子供には、補助監督が寄り添っていて、手当を受けていた。その様子を見た後、肩の力が抜けていく。再度、七海さんに視線を向けた後、狗巻くんを見た。彼はすぐに意図を汲んでくれて、こくりと頷いてくれる。

♪〜

息を吸って、ハーモニカで短い旋律を奏でる。それに合わせて、狗巻くんの口が動いていく。全てがスローモーションのように見えた。

『癒えよ〜』

その言葉を聞いた途端、私の両耳に激痛が走った。

__強い言葉を使えばデカい反動がくるし、最悪自分に返ってくる。語彙絞るのは棘自身を守るためでもあんのさ

虎杖君へ説明していた言葉が、唐突に私の頭の中へと流れはじめる。激痛が走る両耳を抑えて、ゆっくりと倒れていく身体を七海さんが支えてくれた。「高菜!?」動揺したように私を覗き込んでくる狗巻くんへと、その身体がゆっくりと傾けられていく。耳を痛めたせいで平衡感覚が狂ってしまったのか、ぐるぐると視界が回っていた。

「呪言の反動でしょうね」

やはり、と言った物言い。七海さんは、こうなる恐れが分かっていたのだろうか。揺れる視界の中で、なんとか七海さんの腕を一瞥する。出来ていた傷は、キレイに塞がっていた。成功を意味すると同時に、それは反動が出るという証明にもなる。

「……なお、ってる。い、ぬまきくんは…のど、痛くない?」
「おかか!おかかおかか!!」

俺のことは良いのだと言わんばかりに抱きしめられる。自分が何を言っているのかもあまりよく分かってない状況なのに、喉を震わす彼が何を言っているのかは嫌でも分かってしまう。その音が掠れているのかまでは、判別できないけれど、口元を見る限り大丈夫そうだ。もしかしたら、呪歌にしてしまえば、自分に返ってくる反動というのは私に向くのだろうか。主軸が私が奏でる旋律になっているから。

「……おかか、おかか、」

ぐるぐると回る視界が気持ち悪くて、瞼を閉じた。体勢がゆっくりと変えられているのを感じるのと同時に、ポタポタと水滴が落ちてきて、私の顔を濡らしていく。それに気づいて、瞼をなんとかこじ開けた。視界に広がる狗巻くんの顔は苦渋を浮かべている。そんな顔、させたくないのに。ボロボロになっているのは、私なのに。私よりも苦しそうな狗巻くんを見て、申し訳なくなった。言いだしはじめたのは私で、狗巻くんはそれに協力してくれただけなのに。何も悪くないのに、1人で責任を感じたりしないでほしい。そう思って、頬へと手を伸ばした。その手は、紅に染まっていて引っ込めようとしたけれど、その手を何を思ったのか握られる。

「な、かないで…いぬまき、くん…」
「……おかか」
「わた、しのせい?」
「おかか!!」
「だいじょ、ぶだよ…また、すぐ、げんきになるから…」

呪言のせいで、苦労したという狗巻くん。もしかしたら、何か、彼のトラウマに触れてしまっただろうか。いつだってやさしい狗巻くんは、そうやって抱え込んでしまう。なんとか口角を上げて笑った。心配しなくて良いよ。家入さんに診てもらったら、すぐに元気になるから。だから、どうか泣かないで。闇の中へと導かれる意識の中。ずっと、狗巻くんのことを想っていた。






20210321
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