産卵する意思
自室に戻ると、たくさんの書物が部屋の中に山積みになっていた。ざっと確認しただけで、タワーが7つ出来ている。数にして70冊あたりだろうか。これに全て目を通すのに、一体どれくらいの月日を費やすのかと思えば、先が思いやられる。

「家系図もある…」

これらが全て五条家に保管されていたのか。丁寧に扱ってくれていたのが、手に取ってみれば簡単に分かる。とりあえず、本棚にそれらを詰め込んでみたが、全部は入りきらなかった。次の休みに新しい本棚を買いに行かなければと思いながら、何冊かを抱えて勉強机に向き合う。一番最初に抱えた本を開いて、内容を読み込んでいった。

「旋律呪法、癒やしの歌…?」

"音楽はたのしくて、やさしくて、美しいものだから"

口癖のように、よく母親が言っていた言葉を思い出す。その感情に浸っていたところで、その事実にハッとなった。

(最近、昔の記憶が結構保持できているかも…)

兄(呪詛師)によって消されているものは、難しいけれど、思い出すと辛くなるからと封じ込めていた記憶を封じ込めなくても良くなってきた。思い出しても寂しいとか辛いとか思わなくなってきたからかもしれない。少しは哀しみが沸き起こるけれど、それをかき消すように、

「梓ー?いるかー?」
「!真希ちゃん?」

不意にコンコンと自室のドアが叩かれた。慌てて立ち上がって、部屋のドアを開く。すると、タッパーを抱えた真希ちゃんが立っていた。

「どうしたの?」
「お前、飯もう食った?」
「いや、まだだけど…?」
「なら飯、一緒に食わねえ?今日の任務で、たまたま居合わせた一般人を救助したんだけどよ、その礼っつって、煮物やら貰ってな。棘たちにやるほどはねえから、久しぶりに2人で飯も悪かねえかと思って」
「もちろんだよ!入って入って」
「おう」

入室を促して、適当に腰掛けてもらう。私の部屋に真希ちゃんが来るのは、よくあることなので、入った途端に寛ぎはじめる。この光景も見慣れたものだ。

「つーか、お前。また書物増えたのか?本棚に入りきってねえじゃねーか」
「ああ、そうなんだよね」

一気に送ってくれたものだから、こればかりは仕方ない。ちょこちょこと増えるよりも、一式送って貰った方が面倒くさくなくて楽だ。

「流石ガリ勉」
「そのあだ名やめて」

冷蔵庫からお茶を取り出してコップに注いだ後、テーブルで座って待っている真希ちゃんに渡した。そして、テーブルに置かれているタッパーを手に取り、電子レンジに順番に入れる。700wで1分くらいで良いだろうか。

「真希ちゃーん。洗い物増えると面倒だから、このままで良い?」
「おー」

お行儀は良くないけれど、2人だけしかいないので許して欲しい。熱々にチンした鯖の煮物やほうれん草とベーコンを炒めた物などを並べていく。お米は冷凍していたものがあるので、それを解凍して出してあげた。味噌汁がないのが物足りないけれど、今更作るのは面倒だ。

「「いただきます」」

2人でご飯を食べるのは久しぶりかもしれない。この時間帯は、大方みんな任務に出ている時間帯だ。真希ちゃんもさっき帰ってきたばかりのようだし、多分、狗巻くんとパンダくんは組んで行かされてるんじゃないだろうか。

「お前は今日任務なかったのか?」
「なかったよー。病み上がりだからね、一応」
「ああ、そうだったか。最近マシになってたのにな。すぐ身体壊しやがって」
「今回のは不可抗力だよ」

いや、毎回不可抗力だろと笑われる。

「また、なんか溜め込んでねえだろうな?」
「ふふっ…大丈夫だよ、ありがとう。もしかして心配してきてくれたの?」
「あ?んなわけねえだろ」

そう言いつつ、目が泳いでいる。そんな真希ちゃんとの付き合いも2年目だ。寮生活なので、ほとんどの時間を一緒に過ごしている私としては、そんな取り繕った言葉の真意を見抜くことは容易である。

「そう言えばね、五条先生に言われて勉強してみたんだけど、私と狗巻くんの術式って掛け合わせるかもしれない」
「……梓の旋律に、棘の呪言をのせるってことか?」
「そんな感じ。今度カラオケに誘ってみようかなと思うんだけど、どう思う?」

あくまでも、これは特訓のためだ。だけど、これを相談しているのには訳がある。狗巻くんは、私のことを恋愛対象として"好き"だと言ってくれた。そんな相手と、2人きりで密室にいるのはどうなんだろうか、と思う。

「初デートがカラオケとは大胆だな?」
「もうっ!デートじゃないよ!特訓」
「別にカラオケじゃなくても良いんじゃねえの?校庭とか。それか、私らも行くか?」
「なるほど…」
「お前、変なところで馬鹿だよな」
「酷い…」







真希ちゃんの助言もあり、校庭での特訓が始まった。

「あのね、歌詞創ってみたんだ」
「しゃけ!」

と言っても1フレーズなのだけれど。旋律も私の方で創っているので、まずは、それを聞いて貰う。

♪〜

「しゃけしゃけ!!」

良い感じだと言わんばかりに、パチパチと拍手をしてくれた狗巻くん。3パターン程を音に乗せて、言葉を発してみた。この言葉を出す役割を担うのが狗巻くんだ。

「ど、どうかな…?」

呪いを放つ対象物が無いので、ぶっつけ本番になってしまう。でも一通り自分の考えを伝えると、口元を露わにした狗巻くんが、にっこりと微笑んでくれた。

「高菜!明太子!」

__大丈夫。やってみよう!

力強く頷き合った途端、スマホが振動する。それは、担任の日下部先生からだった。

「狗巻くん、早速、本番みたいだよ!!」







20210302



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