未完成の呪歌
翌日。私は、高熱に魘されて速攻で家入さんの元へと運ばれた。これが噂の知恵熱というやつだろうかと、考えが及んでいる時点で重症である。ウンウンと唸る私を悩ませる存在は2つ。1つは勿論、この高熱。そして、もう1つは…

「おやおや、梓。そのまま死んだりするなよ?」

ベッドに横たわる私を見て、愉快そうに笑う元担任・五条先生である。

「……うるさいです、何しに来たんですか。鬱陶しい」
「珍しく敬語忘れてるね?」

先程まで私を診てくれていた家入さんは、何処かへ行ってしまった。とても多忙な人なので仕方がないけれど、出来れば、この人も連れて出て行って欲しかった。

「聞いたよ。棘に告られたんだって?」
「誰から聞いたんですか…」
「パンダ」

あの野郎。熱が下がったら、ぶん殴ってやる。

「付き合えば良いじゃん。何が駄目?好みじゃないの?」
「………」
「僕には負けるけどイケメンだし?まあ、背は低いけど」
「………」
「あれ、梓寝た?」
「こ、の…状況で寝れる訳ないでしょ」

五条先生の顔など、もう見たくないと布団を頭まで被った。狗巻くんは、大事な仲間の1人だ。分からないって理由で、そう簡単に答えを出して良いものではないと思っている。直ぐに返事が欲しいというなら、ごめん、と伝えれば良いだけだ。だけど、狗巻くん自身がそれを望んでいないのだから、どうしろって言うのだ。

「私だって…分かりたいのに…」

ボソボソとした言い訳ばかりが口から漏れていく。くぐもった声から、何を理解したのか、ため息が振ってきた。

「あちゃー。棘は、肝心な所で欲を抑えたのか」

冷やかしに来たのなら、とっとと出て行けと言おうとしたところで、布団の上をポンポンと叩かれる感覚がした。

「若人よ、悩みなさい」

きっと腹の立つ笑顔を浮かべているのだろう。

「本当何しに来たんですか」
「まあ、でも、棘と梓は最高に相性良いよ?性格もだけど、戦闘でも。共闘すれば、戦力アップ間違いなーし!」
「どういう意味ですか?」

前々から思っていたけれど、他の2年生たちに比べて、私と狗巻くんは任務で組まされる機会が圧倒的に多い。共に脳に結界を張らないといけない戦闘をするからかと思っていたけれど、この物言いだと違うような気がする。

「棘が、余程音痴じゃなければだけどねー」

はい、ヒントはここまで!パチンと五条先生が両手合わせた。

「ほいじゃ、梓。強くなるために、恋愛も反転術式も戦闘も大いに考え悩むと良いよー!」







ひんやりとした手が額を撫でた感覚がした。重くなっている瞼をこじ開けると、まず入ってくるのは医務室の天井。額に触れている手の主へと視線を向けると、穏やかな表情をした狗巻くんが、ベッド脇に腰掛けていた。

「良かった…狗巻くんか…」
「いくら?」

うわ言に耳を傾けて、首を傾げられる。

「寝入る前に、五条先生が来てて…」
「……おかか」
「うん、安眠妨害だった…」

ゆっくりと起き上がろうと身を捩らせると、狗巻くんの片手が背中を支えてくれた。キョロキョロと辺りを見渡すと、不思議そうな視線が向く。

「あ…喉が渇いて…」

ぼーっとする頭。掠れた声。汗ばんだ身体。今更になって、今の状態を狗巻くんに見られるのが恥ずかしいと思った。それと同時に、どうして、そんなことを思うのだろうとも思う。自分の醜い姿など、とっくに沢山晒してしまっているのに。そんな私の考えなんて予期していない彼は、床頭台の上に置いてあったビニール袋の中をガサゴソと漁り、そこからポカリを取り出した。ご丁寧にキャップの蓋を開けて手渡してくれたそれを受け取る。

「ありがと…」

そう言って、口に含んだ。腫れた喉と高熱のせいで、味はさっぱり分からない。

「高菜?」
「うん、横になる」

飲み終わった後、再び横になるのを手伝ってくれた。

「今って、昼休み?」
「しゃけ」
「真希ちゃんとパンダくんは?」
「明太子」

どうやら、2人は任務に行っているようだ。だから、狗巻くんだけが来てくれたらしい。狗巻くんは、私の額を再び優しく撫でた後、立ち上がった。それを見た途端、思わず服の袖を掴んでしまう。

「いくら?」
「もうちょっと、此処に、いてほしい…」
「しゃけしゃけ」

大きな瞳が、ぽろりと落ちてしまいそうになるくらい見開かれた。人は弱ると人肌が恋しくなるものなんだよ、と心の中で言い訳しておく。掴んでいた袖を離されて、その手の上に狗巻くんの手が重なった。

「五条先生が、不思議な事を言ってたよ…」
「…ツナ」
「私と、狗巻くんって、戦闘の相性が良いんだって。狗巻くんは知ってた?」
「しゃけしゃけ」
「えー…教えてくれたら良かったのに…もしかして、音痴なの?」
「おかか!?」

なんでそうなるんだ!?と抗議の声が上がる。そう言えば、狗巻くんとカラオケとかは行ったことがないなと思った。だから、てっきりそうなのかと思ったのに。

「五条先生が、狗巻くんが音痴じゃなかったらって言ってたから」
「おかか…」
「私、もっと、強くなりたいから…元気になったら、教えてくれる?今後も、任務で組むこと多いだろうし」
「しゃけしゃけ。………♪〜」

唐突に紡がれたハミング。その音色はとても美しくて心地の良い物だった。熱に魘される私を、やさしく包み込んでくれるような温かさがあって。繋がれていない方の手が、私のお腹の上をポンポンとリズムを刻むように叩かれる。それはまるで子守歌のようで。うつらうつら、と夢の中に導かれていく中で、ふと1つの可能性が過ぎった。

(もしかして…私の"旋律"に狗巻くんの"呪言"をのせられるんじゃないだろうか…)

頭の中に、沢山の数式が並んでいく。その数式は、いくら考えても答えがでなかった。


・旋律(−)+呪言(−)=呪歌(−)
・旋律(−)×呪言(−)=呪歌(+)
・呪歌(−)×2=??(−)






20210201

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