心臓はあまりに凍えていた
本日もいつも通り昼練をみんなでやった。先日の出来事があったからか、私は色々考えさせられることも多く、悩ましい日々を送っている。でも、ただ1つ言えることがあるとするなら、私は、思っていたよりも皆のことが好きだと言うことだ。みんな良い人たちばかりで、私には勿体ないと感じてしまう。

「そろそろ、授業はじまるから…戻る?」
「しゃけ」
「ああ、そうだな。行くぞ」

乙骨くんは、やはりセンスが良くて、ここ数ヶ月で体術もぐんぐん強くなってきている。

「どーした憂太」

そんな乙骨くんを盗み見ると、どこか遠くを見つめていた。不思議に思ったパンダくんが声をかけると、

「なんかちょっと、嫌な感じが…」

みんなに、そう告げた。

「気のせいだ」
「おかか」
「気のせいだな」
「………」

だけど、私を含めて、みんなそれを信じなかった。なぜなら、これだけ強くなってきたと言っても、乙骨くんの呪力感知は、まだまだだから。

「ええ、ちょっと皆ぁ…」
「梓がなにも感じてないんだ。諦めろ。まあ、里香みたいなのが、常に横にいりゃ鈍くもなるわな」
「ツナ」

呪力感知に関しては、多分、この中では私が1番自信があるだろう。というのも、私が扱う呪力の特性によるかもしれない。私は、他人よりも少しばかり耳が良い。呪いの旋律を奏でることによって、呪いを祓うからか、気配や微々たる振動には敏感なのだ。

「………待って!」

ピクン、と何かを感じた。それは、バサバサと翼が羽ばたくような音に聞こえる。ハッと空を見上げると、

「珍しいな」
「憂太の勘が当たった」

大きな鳥獣のような容貌をした呪いが、目の前に降り立ったのだ。その隣には見たことのない男と、恐らく自分たちよりも1〜2歳下と思われる女の子2人が立っている。

「関係者…じゃねえよな」
「見たことのない呪いだしな」
「すじこ」
「わー、でっかい鳥」

真希ちゃんが呪具を構えて、パンダくんがコキッと首を鳴らす。狗巻くんが、普段は隠している口元をさらけ出して、乙骨くんは、ただただマイペースに呪いを眺めていた。私は、懐に入れているトランペットを取り出して一息吐く。

「〜♪」

侵入者を知らせる合図だ。

「あー!可愛いパンダだ!」

対する敵(?)も、なんてマイペースなんだろうか。呆れて一瞬力が抜けた。

「オマエらこそ何者だ。侵入者は憂太さんが許さんぞ」
「こんぶ!」
「憂太さんに殴られる前に、さっさと帰んな!」

訂正。マイペースなのは、こっちも一緒だった。こういうときの3人の悪ノリには、たまについていけない。それを証拠に乙骨くんは、微かに戸惑っている。私は一息吐いた後、自分だけでも気を引き締めないと、と思い目の前の男たちを睨み付ける。この感じ、とても嫌な気配がする。過去のあの出来事を呼び起こされるような、そんな不快感を感じた。来る、そう思った瞬間、

「はじめまして、乙骨くん。私は夏油傑」
「えっ、あっ、はじめまして」

気がついたときには、夏油と名乗ったその男は乙骨くんと握手していた。

「君は、とても素晴らしい力を持っているね。私はね、大いなる力は大いなる目的に使うべきだと考える。今の世界に疑問はないかい?一般社会の秩序を守る為、呪術師が暗躍する世界さ。つまりね、強者が弱者に適応する矛盾が成立してしまっているんだ。なんって嘆かわしい…」

グダグダ…グダグダ…と、なおも夏油は熱く語り続ける。

「万物の霊長が、自らの進化の歩みを止めてるわけさ。ナンセンス!!そろそろ人類も生存戦略を見直すべきだよ。だからね、君にも手伝って欲しいわけ」
「?何をですか?」
「非術師を皆殺しにして、呪術師だけの未来を作るんだ。」

ヒュッと喉元が鳴った。この男の言葉に、戸惑いが隠せない。辺りを窺う余裕もない。気づけば、拳が震えていた。その時、

「僕の生徒にイカレた思想を吹き込まないでもらおうか。」

私たちの担任が、ようやく駆けつけてくれた。夏油は、五条先生の姿を見た途端「悟ー!久しいねー!」と嬉しそうな声を上げる。

「まず、その子達から離れろ、傑」

どうやら、五条先生と知り合いのようだ。私は、ゴクリ…と唾を飲み込んだ。

「今年の1年は粒揃いと聞いたが、成程、君の受け持ちか」

嫌な予感がした。その場を離れろと、続きの言葉を聞くなと、脳が警鐘を鳴らしている。

「特急被呪者。突然変異呪骸。呪言師の末裔。そして、禪院家のおちこぼれ」
「テメエ」
「真希ちゃん…」

今にも呪具を振り回しそうな真希ちゃんを引き留める。恐らく、現段階で私たちの敵う相手ではない。

「…聡い女がいるな。流石、歌沢家の死に損ない」
「………っ…!」

__梓。逃げなさい。

ガクリ、と膝から転げ落ちた。思い出したくない光景が、頭に広がっていく。

「梓っ」

私を呼ぶ真希ちゃんの声が、すごく遠くあるように感じた。酸素を求めて、必死に口を開き胸を上下させる。このままではいけない。そう思って、懐に手を伸ばし、常備している薬を取り出した。

「、」

それを、口に含もうとした途端、呪いの気配が一気に強くなる。夏油や五条先生がなにやら話し込んでいる。仲間達が、武器を構えてる。それなのに、私は、また動けない。

「おい、梓?どうした?分かるか?」
「いくら!」

ポトリ、と手にしていた薬が地面に落ちた。そして、抗う術もなく、意識は闇の中へと落ちていった。






20201105

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