※見えちゃいけないものが見える赤眼キャス設定
※キドキャス(甘くない









たった今世界が終ろうとしているような、最悪の気分だ。
こうなることは分かっていた。
だからこそ、出会いたくなかったのだ。


この男、

ユースタス・キッドにだけは。









最初に感じたのは、肺を押しつぶされるような圧迫感だった。

無理やり肺から酸素を奪われるような感覚に嫌な予感を覚えた瞬間に、瞳が燃えるように熱くなった。

他人には見えないモノを見るときの、あの感覚。
見ようとしたわけではなく、無理やり見せられる、という感覚に近いそれは、酷い不快感だった。


上陸中のいつもの看板掃除の最中。
シャボンディ諸島で、コーティング職人を探す為に船員達は船を空けている。
せめて誰かいれば、と舌打ちしたくなったが、そんなことをしても事態は好転しないだろう。するだけ無駄だ。

近づいてきているのは、馴染んだクルーの気配ではない。


招かれざる客、だ。






不快だ。ぬるりと、肌の表面を気持ちの悪い液体が滑り落ちて行くような感覚に、自然と眉を寄せる。
デッキブラシを両手で握り締めて、意識して息を長く吐きながら、固く閉じていた目を開いた。

この力が俺の中で目覚めてから、こうなるのは初めてではない。


花粉に身体の免疫が過剰反応するように、引きずられるのだ。
強い強い、何かに。


サングラスでしっかりと覆われている視界に少しだけ安堵を感じるが、気分の悪さが戻らない。

気配に当てられたとでもいうのだろうか。
偶に、恐ろしいほど重い何かを腹に秘めている人間に出会うと、こうなる事がある。
俺の中の何かが、相手に恐怖を感じるかのように、過剰反応する。



ぐっと唇を噛みしめて顔をあげた。
熱を持つ視界に映ったのは、こちらに近づいてくる憎らしいほど赤い髪だった。









ガッ!!



不快感から来る苛立ちに任せて、看板に突き立てたデッキブラシが固い音を立てた。

簡単に言えば気分が悪い。すごく悪い。


左手でデッキブラシを握りしめつつ、目の前の男を睨み付ける。
三億を超える賞金首の男は、此方を見て微かに眉を顰めたようだ。
それでも、そんなことを気に出来る余裕がないほど俺は追い詰められ続けていた。



視界はサングラスに覆われているから、直接見えはしない。
それでも、感じるのだ。


恐怖、嫌悪感、悪意、そんなものをごちゃごちゃに混ぜたかのような、粘着質な気配が纏わりついてくる。
こちらを窺がう様なそれはこの男が放つ警戒心の一部だ。


背筋に冷たいものが走る。
脂汗が頬を伝う。
それでも、焼け落ちるように熱を増す瞳だけが、男から視線を逸らすことを許さないように、俺をここに留まらせていた。





「おい」




少し呆れを含んだような、興味の無さそうな声が鼓膜を揺らした。


嫌だ。
喋るな。息苦しい。



目の前の男を睨みつける。
体の奥から湧き上がってくるような焼けつくような不快感が気持ち悪い。

直接見たわけでは無いのに、脳に、心臓に流れ込んでくる。べったりとした不快感。
この男が抱える何かは、あまりにも気持ちが悪い。


危険、だ。
本能が大きく激しく警鐘を鳴らす。


この男を、見てはいけない。
これ以上近づいてはいけない。





暗く深い闇に、魅入られてしまう。






「…おい、トラファルガーはいんのか?「、帰れ」」




不快感が嫌悪感に移り変わる。
燃え広がる息苦しさの中で口から滑り出た声は、低く掠れていた。





「…あ゛?」

「っ、帰れ、船長の場所も教える気は無い」




目の前の男の眉間に皺が寄ったのをはっきりと感じた。
男が纏っていた気配が、形を変える。

鋭く、さらに不愉快そうな感情を増していく。

殺気へと、変わる。





「…おい、てめェ…」

「っ、」




殺気が増すたびに、瞳だけが焼けつくようにじりじりと熱を持って行く。
気持ち悪い、気持ち悪い。

こんなに深くて気持ち悪いものを抱えてる人間が存在するなんて信じられない。


苛立ったように目の前の男が一歩こちらに踏み出した。
距離が、近づく。




嫌だ。
来るな。



「…あ゛?」




発したつもりのない、脳内で叫んだ言葉だったが、目の前の男が歩みを止めた。
怪訝そうな視線が飛んでくる。


嫌だ、見るな。
気持ちが悪い。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!





「…お前…?」



息が出来ない。
目の前が真っ暗になる。
それでも、瞳の熱が引かない。

度を越えた嫌悪感に体が拒絶反応を起こしたようだ。
ぶつり、ぶつりと音を立てて、目の奥で視神経が焼き切れる感覚がする。

ガラン、と音を立てて手にしていたはずのデッキブラシが滑り落ちた。

反射的に、逆流しかけた胃の中身を押さえようと手が口元を覆っていた。
支えきれない膝が、崩れ落ちる。






きもちわるいきもちわるいきもちわる、い
嫌だ見るな
見たくないヤダやめろ来るな踏み込むな
気持ち悪いきもちわるい気持ち悪い!!





「お、おい!!」



意識のどこか遠くで、足音を聞いた気がした。








かしゃん、




俯いた拍子に、サングラスが滑り落ちた。
頭がそれを理解するより早く、肩をつかまれ強引に腕を掴んで引き上げられた。


その瞬間。ぐらりと揺れた体を支えることが出来ず、その腕に縋りつくような形になって、

覗き込んできたユースタス・キッドと、目が 合った。











口から洩れる声帯が壊れるほどの絶叫を、どこか他人事のように感じて、意識が弾け飛んだ。


…ああ、だから出会いたくなかったのに。





























「………?」




ぼんやりと意識が覚醒して、最初に感じたのは目に感じる冷たさだった。
冷たい何か…おそらく冷やしたタオルのようなものが瞼を覆っているのだろう。

なんとなく安堵するその感覚に、深く息を吐き出した。
柔らかいベッドに沈みつつ、ぼんやり眠りに落ちる前のことに思考をめぐらせて、



「ッ!!!」




そして唐突に思い当たった。

そうだ、船番の最中にユースタス・キッドと会って、それで―…暴走、した。






慌てて起こそうとした体は、静かに額に添えられた手に阻止された。
「起きるな」という声とともに、再びベッドに沈められる。
その声が意識を失う直前に聴いた、聞き覚えのあるもので、俺はびくりと体を強張らせた。

どうして、という気持ちが強い。

どうして、枕元にいるのがユースタス・キッドなんだ。





「寝てろ」

「……なんで、アンタが…」




口から疑問が滑り出てから、違和感を覚えた。


視界は冷たいタオルに覆われたままだから、気付かなかった。
俺の傍にいるのは間違いなく俺が意識を飛ばす原因になった張本人だ。
あの息が出来なくなるほどの圧迫感を思い出せば、背筋がゾクリと震えた。

けれど、根本的に何かが違う。
意識を失う前の、あの気持ち悪さがない。
目も熱を持っていないから、無理やり感情が引き摺られてはいないのだろう。




敵意をむけられていない。




それだけのことなのに不思議と傍らの気配には心地よささえ感じてしまった。
まるで仲間と一緒にいるときのような安心感に、軽く息を吐いた。




ゆっくりと腕を持ち上げて、指先で冷やしたタオルを摘み上げる。
用心のために目は閉じたままでサングラスを探せば、枕元に会ったそれにすぐに指が触れた。



サングラスを掛け、何もない場所を見ることを意識してゆっくりと目を開いた。
視界に妙なものは映らない。
何度か瞬きをしてから顔を横にずらせば、神妙な顔でこちらを見つめるユースタス・キッドと目が合った。

大丈夫。
今度は、何も見えない。





「……気分は」

「…へいき」



ぐるりと室内を見渡して、気付いた。
ここ、うちの船じゃない。
意識を失う前は確かに甲板に居たはずなのに、と首を傾げれば、「俺の船だ」と簡潔な答えが返ってきた。
この船がどこに停泊しているかは知らないが、おそらくうちの船からは少し離れているのだろう。
運ばせて、介抱させてしまったのかと思うと、微かに申し訳なさが湧き上がってきた。




引き摺られた元凶はこの男にあるにせよ、俺は大分迷惑をかけてしまったらしい。
敵船の船長自らの介抱だ。うちの船長が知ったら眉を顰めるだろう。
それでも、いくらこの力の所為だとしても落ち度は俺にある。


謝ろう。落ち着いたせいで素直にそう思った。




「…ええと、ごめん。あと、助けてくれてありがとう」




できるだけ素直な気持ちで謝罪の言葉を口にすれば、サングラス越しの視界の中でユースタス・キッドが眉を顰めたのが分かった。
…なんだ?

その表情に俺も思わず眉を顰めれば、それが分かったのか困ったように男は頭を掻いた。





「あー…悪い。大分印象が違ったからな」

「え?」

「拒絶されてる雰囲気満載だったから、目覚めても暴れられるんじゃないかと思ってた」




返ってきた意外な言葉に、おそらく俺は間抜けな顔をしてしまったんだろう。
だって、予想外の展開だ。
確かに俺は強すぎる気に当てられて超絶不機嫌というか気分最悪で八つ当たり的な態度を取ったけれど、それをこの男に根に持たれていないなんて。

…凶悪なイメージしかなく、出会いがしらにあんなに強烈な殺気を放つから無意識に棘のある対応をしたけど、もしかしたらいい人なのかもしれない。
いや、民間人に迷惑をかける三億越えの賞金首をいい人と形容するのはたぶん間違っているんだろうけど。





「…あ、の」

「お前が急に倒れるから俺の所為かと思ったじゃねーか」

「…あー…それは、その…」





詳しく言うとそうなのだが、なんとなくいい人だと認識してしまった為にそうも言い辛い。
この力のことを理解しているのは現在うちの船の幹部と…俺が海に出るまでに関わってしまった人だけだ。
悪魔の実とも違う、不可解な力。

見られたくは無い他人の内側まで覗き見る、気味の悪い力。
……そんなふうに思われるのは、少し怖かった。




言いよどむ様に黙った俺をちらりと見て、少しだけユースタス・キッドが遠くを見るような表情をした。






「……あの時頭に響いてきた声、お前のなんだろ?」


「、え…?」





どきり、と心臓を掴まれた様な気がした。

頭の中で叫んだ声が、聞こえていた?
愕然とする。
そんな事今までなかったのに。
どれだけ引きずられても、俺が見えるだけのものだったのに。
俺が聞こえるだけのものだったのに。


「見え、た?」と聞く声は、情けなく震えていた。
おそらく顔色もあまり良くないのだろう。
血の気が引くような冷たい感覚が、全身を支配していた。


声が聞こえたということは俺の精神が彼とシンクロしたのだろうか。
何らかの原因で、ふたりの人間が、磁石に惹かれあうように同調した?
…最悪だ。あんなもの、身内以外でも見せたくはなかったのに。





「…見えちゃいない。ただ、何かに怯えてるみたいな声が聞こえただけだ」


「……そ、う」





安堵したのか、そうでないのか。
どうしていいのか良く分からない気分で目を閉じた。

流れ込んでくる不快感に完全にキャパシティオーバーを起こしたあの瞬間。
よく原理は分からないけれど、俺の感じた不快感が逆流したらしい。
ユースタス・キッドに聞こえた声というのは俺の無意識の拒絶の叫びだろう。
コントロールしたと思っていたこの力だけど、引きずられると何が起こるかはいまいちよくわかっていない。
こんな状態じゃ仲間にも迷惑をかけてしまう、と一人心の中で溜息を吐いた。






「……それで、お前は何に怯えたんだ?」

「……」

「俺が敵船の船長だからじゃねェんだろ。それならこの状態のほうがお前には不利なはずだからな」




もっともな問いかけに、静かに目を開けて、こちらを覗き込んでくる赤い瞳を目を合わせた。
冷静で、理性的な赤。
俺も、この力が出たときは赤い瞳になるはずなのだけど、こんなに綺麗な血の色ではないのだろう。
なんとなく、その綺麗な赤が羨ましかった。



「―……」

説明するよ。あんまり聞いてて楽しい話じゃないけど。
そう小さく前置きをすれば、「構わない」としっかりした声が返ってきた。

…その言葉が俺に与えた安心感なんてきっと彼は知る事は無いのだろう。
それでも俺は、ほんの少しだけ微笑んだ。




それから、ゆっくりと口を開く。

思い出したくもない、この力が引き起こした過去の事件を、呼び起こすために。


































「…俺の船に来る気は?」

「え?」



薄暗くなった船の甲板で、帰ろうと梯子に手をかけたときに聞こえてきたのはそんな言葉だった。
意味が分からなくてぽかんとしてしまったが、勧誘されているのだと気付いたら、なんとなくくすぐったい気持ちになってしまった。

力強く自信に満ち溢れた声じゃない。
それが、聞こえるか聞こえないか程度の呟きだったからだ。






「俺にはロー船長とハートの皆だけだよ」




だから、俺も独り言のようにそう返した。

でも、心の中では最早彼に対する不信感はなかった。
無言のまま俺の話を聞き終わって、それから彼が言った「同情はしねェ」という言葉が、嬉しかったから。

居心地のいい人だと思った。
包まれるような温かさを与えてくれたハートの皆とは違う、不思議な安心感。


…どうしてだろう。
彼だけは、俺を裏切らない気がした。
敵船の船長なのに。三億越えの首なのに。悪い噂を良く聞くのに。
会えて、良かったと思った。





「……そうか」

「そうだよ」



梯子から地面に飛び降りて、もう一度彼を見上げて、笑った。
そして、そのまま背を向けて船へ向かって走り出す。








背中に感じた視線に、俺の心が捕まらないように。







Scarlet








それが、俺たちの共有した最初の秘密。





end




赤眼キャスが好きというお言葉と「キドキャスどうだい?(意訳)」との某千堂さんのお言葉に、じゃあ混ぜてやるか!
と謎の思考が発動してこんな事に成りました。
…ええと、楽しかったです(



赤眼キャスはなんとなくハートクルーとは恋愛云々に発展しなさそうなのでどうしようかと思っていたんですが、キッドさんは中々良い人選では…!?と勝手にうはうはしておりました。










2010/09/12/sun
2013/12/05/thu 加筆修正




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