演出された運命の出会い
※現パロ
※お好きなキャス受けでどうぞ
「あれ?」
その日、テーブルに置き忘れられて居たのは、一冊の手帳だった。
赤い皮のカバーがかかったセンスのいいそれは、喫茶店のテラスのテーブルの上でポツンと持ち主を待っているようだ。
テーブルを拭いていた手を止めて、その赤い手帳を手に取ってみる。
紙特有の重さを有したそれは、大切にされてはいるがずいぶん使い込まれていた。
一瞬席を取っているのかとも思ったけど、今現在お客さんは居ない。
じゃあ誰かの忘れものだろうか、と考えて、くるりと手帳を裏返してみた。
記名は無い。
プライバシーの観点から中身は見てはいけない気がするので、一旦預かって持ち主を待とうか。
そう結論して、手帳を机に置いた。
ぱさっ
「あ」
その拍子に、一枚の紙が手帳から滑り落ちた。
気付かなかったが挟まっていたものらしい。
しまった、と思いつつ拾い上げて、思わず目を見開いた。
白い紙に綺麗な筆跡で綴られた文字の最初が目に入ったからだ。
『この手帳を見つけた帽子の店員さんへ』
どくん、と心臓が脈打った気がした。
なん、だ?
今日のシフトは、俺とマスターの二人きり。
個人経営の喫茶店なのでだいたいそれは変わらない。
そして、帽子をかぶってテラスと店内を行き来する店員はおそらく俺だけだ。
オーダーを取ることからテーブルの拭き掃除までやる俺になら、この手帳を見つけさせることは簡単だろう。
疑問は二つだ。
誰が。何のために。俺にこの手帳と手紙を残したのか。
ドキドキしながら二行目に目を落とす。
相変わらず綺麗な字で、短い文章が綴られていた。
『この手帳はとても大切なものです。この手帳が無いと明日の仕事には確実に支障をきたすでしょう』
首をかしげながら続きを読む。
大切な手帳をわざわざ置いていった、というような意味合いの文面だ。
何がしたいのだろうかと考えながら、視線を次の行に落とした。
「…え?」
『だから、今日の閉店間近に俺は慌てて手帳を探して店に駆け込むことになります。そして、貴方を見つけて声をかけることになる』
『初めてこの店に来た時から、ずっと貴方とお話したいと思っていました』
だから、と流れるような筆跡は続く。
『こんな風に装わなければ勇気が出ない臆病な俺を、くだらないと思うなら、手帳は店の入り口外の椅子の上にでも置いておいてください』
『それでも、もしほんの少し、貴方にこんな馬鹿げた戯れにお付き合い下さる気があるなら』
『この手帳を持って俺を待っていてくれませんか』
そこで、手紙は終わっていた。
「………」
吃驚して、暫く言葉が出なかった。
何度か読み返して、それからテーブルの上の手帳をゆっくりと手に取った。
この手帳の持ち主はどんな人だろう。
なんで俺と話したいと思ってくれたんだろう。
ドキドキと心臓の鼓動は早くなっていた。
でも、不思議と気持ち悪いとかそんな感じはしなかった。
不思議な高揚感が胸を包んでいる。
見知らぬ、いや、見掛けたことはあるだろう人物が、慌てたように装ってこの店の扉を開けるのを想像したら、なんだか少し面白くて、同時に胸があったかくなった。
ちらりと時計を確認すれば、閉店まではあと二時間くらいのものだった。
手にした手帳を、ポケットに静かに押し込む。
それから一つ深呼吸をして、俺は再びテーブルを拭くという作業に戻ることにした。
ああ、こんなにも幸せな気分で仕事が出来る日も珍しい。
だから、たまにはこんな、
演出された運命の出会いも悪くないと思う。
end
ロマンを感じる運命の出会いってなんだろうと考えながら書いてみました。
お好きなカプ(キャス受け)で想像してください…!
2010/06/27/sun
2013/11/28/thu 加筆修正