君に花束を




ご注意!

※現代パロで第三者視点のペンキャスです。
※苦手な方は速やかにお戻りください。









私が彼と出会ったのは、人もまばらなバスの中で、彼が私の隣へ座ったからだ。






その日私はいつもの大学のデッサンの授業の後で、カバンに入らないスケッチブックを抱えてバスに揺られていた。
夕方ではあったが、相変わらずバス内に人は居ない。


だから、花束を抱えてバスに乗り込んできたその人は、とても印象的に私の目に映った。




長身でスタイルがいいその人は、黒いスーツの胸元にダリアの花束を抱えていた。
零れおちそうな大輪のダリアだ。八重咲きの、少し赤みがかったオレンジ色が鮮やかで、私は少しそれに見とれていた。


バスには開いている席がいくらでも有ったのに、彼は横並びの座席を一瞥して、それからゆっくりと此方に近づいてきた。

私は座席の最前列の右端で、なんとなく身を堅くした。
花束の男性は静かに最前列の左端に腰掛けた。
バスが走り出す。






プレゼント、かな。



私はぼんやりと考えながら、いつもの癖でスケッチブックを開いていた。
鉛筆を握って、脳内に焼き付いてしまったオレンジ色を紙面の上に描いて行く。

尖って、重なったたくさんの花びら。
瑞々しいオレンジ色が、柔らかく赤みがかった色にグラデーションしていく姿。


私は無心で、しばらく鉛筆を走らせていた。
何度か視線を上げて、ダリアの花を見つめて、描いて。



10分もしただろうか。
私はダリアの花を紙の上に描き出して、満足して視線を上げた。
そして、気づいた。



花束の男性が、此方を見ていた。





「…すっ、すみません…!」




慌てて私は謝った。
何てことをしてしまったんだろう。
見ず知らずの人を、許可無しに描くだなんて。

しかし、頭を下げる私を花束の男性は少し驚いたように見つめて、それから微かに微笑んだ。




「花が好きなのか?」


声を掛けられて、私は内心ドキドキしながら「はい」と返した。
男性はひとつ頷いて、それから立ち上がった。


バスはいつの間にかバス停に着いていた。
あ、降りるのだろうか。

そう思ってスケッチブックを閉じた私は、




ぱさり、



膝の上に置かれたダリアの花束に、目を見開いた。





「…え?」

「貰って欲しい」

「へ?」




「迷惑でなければ、だが。…花が好きなんだろう?」




そう言ってあっさり私に背を向けた男性を、私は少し混乱しながら呼び止めた。
バスを降りるために料金を精算する男性の左手の薬指に銀色の指輪を見つけて、私は一層混乱した。




「あ、あのっ、これ奥さんか恋人さんへのプレゼントですよね!?」



私の上擦った声に、男性は苦笑して振り向いた。






「似合うと思って買ったんだが、花を貰っても喜ばないだろうからな」





それなら、君のような花を好きな人に貰われた方が花には良いだろうと思って。





そう言って、男性は酷く愛しい人を思い出したように幸せそうに笑ったから。
私は、とっさに反応することができなかった。





男性を下ろして、走り出そうとする車内で、ようやく我に帰った私は、男性が居るバス停側の窓を開けて、その後ろ姿に叫んでいた。




「想いを伝えるなら、赤い薔薇にしたら良いと思いますよ!」



私の声に、男性は振り向いて、
ひとつ頷いて、笑った。






走り出したバスの車内で、私はぼんやりと窓の外を見ていた。
呆然としていたのかもしれない。

でも、なんとなくあの男性と、赤い薔薇を贈られるだろう奥さんか恋人さんを思ったら、静かに胸が熱くなった。

私は黙って、ダリアの花を抱きしめた。
この花がどうしようもなく、好きだと思った。

ダリアの花言葉は、『感謝』。
そんなことは、後で知ったのだけれど。















1ヶ月が過ぎた。
相変わらずデッサンの授業で使ったスケッチブックを抱きしめながら、私はバス停への道のりを歩いていた。



でもその日、またあの花束の男性を見かけて私は嬉しくなった。
男性が、赤い薔薇の花束を抱えて歩いていたからだ。





声をかけようとした私の前で、男性は迷いなくひとつのゲートをくぐり、その先へと歩いて行った。


白いゲートだった。
そのずっと向こうで、歩みを止めた男性が、赤い薔薇の花束を静かに捧げていた。






『花を貰っても喜ばないだろうからな』






苦笑した男性の声が、耳の奥で聞こえた気がした。
あぁ、だから彼は見ず知らずの私に花束をくれたのだ。







私は黙って目を閉じて、息を吸い込んで。それからゆっくりと目を開けた。









そして、その『共同墓地』とかかれた白いゲートに背を向けて歩き出した。






抱きしめた胸元で、持ち慣れた筈のスケッチブックが、あのダリアの花束を私に思い出させた。




end



生きた花は、生きている人のために。
最後の告白は、赤い薔薇と共に。









2010/05/23/sun
2013/11/20/wed 加筆修正




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