玄関口に、大きな箱とビニール袋を抱えた高野さんが立っていた。

おかしい。頼んだはずの買い物は、本日分のビールと軽いつまみだけだったのに。両手を大きく広げるくらいのサイズのダンボール箱には、「電気こたつ」と名打ってある。渡されたビニールの中には、「湯たんぽ」と記載された商品が。高野さんの頭の中はいつから、ビール=こたつ、つまみ=湯たんぽの図式が出来上がったのか。そこのところをきっちりみっちり問い詰めたい。

俺の冷ややかな視線をものともせず、彼はダンボールを器用に破り捨て。数分後には、部屋の中心に、でん!とその存在を主張したようなこたつが現れた。こたつの癖に、随分と偉そうだ。見ているだけでいらいらするのは、そのこたつが買主に酷く似ているから。いつの間にか人の心に遠慮なく入ってきて、当然のように当たり前のようにそこに居座っているから腹立たしい。

しかも、しかもだ。よりによって、奴は肝心なビールとつまみは買ってこなかったと申しやがる。アンタ、何しに外出したんだ!と憤慨して言えば、買い物?と疑問形で返される。この人に買い物を頼んだ俺が馬鹿だった。はじめてのお使いみたく、幼稚園児の方がまだマシだ。

「一度、こういうの試してみたくて。誰かと一緒にこたつに入るとか」

…高野さんは、ずるい。

こたつの中に足を入れて、卓上に横向きで顔をうつぶせて。あったかいな、これ、と目を細めて幸せそうに微笑んでいる。彼の過去の境遇を多少は知っているものの、全部ではない。だからこういった何気ない会話の中で、ああ、高野さんは小さなこたつを囲いあって、家族と過ごしたことがないんだな、と気付いて。そうやって隠された事実を知るたびに、胸がきゅう、と苦しくなる。だからこれ以上文句も言えなくて、代わりに今こうやって二人でこたつを挟むという今が、彼にとって幸福であることを、ただ願う。

「あー、なんか、このまま寝そう」
「…寝ないでくださいよ。このまま寝たら、火傷しますから」
「火傷?こたつで?」
「低温火傷って聞いたことあるでしょう?いくら温度が低くても、長時間皮膚に当てれば火傷を起こすんですよ。こたつでも、湯たんぽでも」
「…へえ」

言ったそばから眠りの体勢をとる高野さんに、足の裏でその身体をつついて起こした。
お前は眠くならないのかよ、と喉の奥から響いた声に、眠くないわけありませんよ、と当たり前のように告げた。感じる心地良い温度は、心から緊張感だの警戒心を全て奪いとっって、けれど確実に身体を侵食していくという厄介なもの。

じんわり、じっくり、じとじとと。生ぬるい温度に浸されて。気づかぬうちに、温度は内に。気づいた頃にはもう遅く。残るは、焼けただれた細胞だけ。

+++

湯たんぽと仲良くベッドに入った高野さんを軽く叩いて、自分の分のスペースを作らせた。ごめん、本気で寝てたと謝る声に、何も言わずにいれば、お前の身体冷えてるな、と彼は言葉を淡々と続けた。高野さんを起こすか起こすまいか、悩んだ時間だけ冷たくなった身体を、彼はぎゅう、と抱き締めた。布越しに感じる体温が酷く温かい。

ぼす、と、布団の中にもぐりこんでいた湯たんぽが、冷たい床へと落とされた。寒いんじゃないんですか?と問えば、今から温かくなることを二人でするんだよ、と飄々と言われた。人の意見なんて聞きやしない、相変わらずの傲慢さ。けれど、そんな人を好きになったのは自分だから仕方ない。

触れる温度は優しいもの。その身を焦がすような高温ではないけれど、確実に自分の身体を侵食していく。緊張感や警戒心を全て剥ぎ取って。心の中が燻る。十年分と加算された年月だけ、想いが溢れる。焼けただれた恋心。気づいてしまうのは、いつだってこんな瞬間。

ちり、と身体の奥が熱くなった。それが彼によって植え付けられた情欲なのか、それとも彼に愛されたい、彼を愛したいと叫ぶ枯渇した想いなのか。いずれかでも。そのどちらであっても。

この火傷は治らない。そばに、彼の温度や優しさが側にある限りは。だから一生治らない。勿論、治す気も毛頭ないけれど。

じんわり、じっくり、じとじとと。生ぬるい温度に浸されて。気づかぬうちに、彼の温度は自分の内に。

気づいた頃にはもう遅い。ひりひりと痛む傷に、流されて、煽られて。それでもその傷が愛しくてたまらなくて。結局二度と手離せはしないのだから。


一言だけ彼の名前を小さく呼んで、閉じた瞳の奥で静かに願った。


どんなに痛くても苦しくても、傷ついてもいいから。


この先二度と、あたためることを止めないで。







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