愛されてるという自覚がないわけじゃない。

抱き締めれば背中に腕を回してくれるし、名前を呼べば同じように返してくれる。唇を求めれば、開いて受け入れてくれるし、肌を重ねれば、求めてくれる。その行為の中に愛を見いだせないわけじゃない。

ただ感じるのは、互いに対するその愛が、等しくないということだけ。



大学から自宅へと帰ってきて、郵便受けに見つけたのは一通の封筒。その封を切って中を確認してみれば、今住んでいるアパートの契約更新の案内だった。ついこの間契約したばかりのように思える記憶は、本当は大分前のことで。忙しい毎日を過ごす一方で、確実な時の流れというものをこういう時に実感する。

淹れたての熱々のコーヒーが入ったマグカップを手にして、その文面に目を通す。

…正直なところ、このままこの部屋を借り続けるかどうか迷ってはいる。木佐さんから、とりあえず二週間位来たら?と提案され、その言葉に甘えるように彼の部屋でお泊り会を続けて早数ヶ月。二週間泊まって、一週間帰って、お泊り用品を入れ替えては再度彼の部屋に向かう。トータルでいえば一ヶ月のここでの滞在期間はほぼ数日だ。そして、今はまさにその期間中であるわけで。そんな日常の繰り返し。

いっそのこと、「同棲」にしてくれたら楽なのに。

けれど彼の意思は、たったの二週間だ。あれ以降その条件が更改されたことは一度もない。自分から、良い機会だから、この際同棲しませんか?そう言えば済む問題なのかもしれない。でも、もし自分がその台詞を木佐さんに告げたとしたのなら、彼はきっとこう言うはずなのだ。


……好きにすれば。


木佐さんが自分に好意を抱いていることは充分な程知っている。毎日毎日バイト先の本屋でストーカーの如く見張られていることに気づいていたし、今ですら自分が微笑みを浮かべるだけで、うっとりと意識を飛ばしている彼の姿を何度も見ている。木佐さんは俺のことが好きなはず。けれどそう信じている割には、質問の答えが随分とあっさりとしすぎているような気がしてならないのだ。

俺が木佐さんを好きだという感情は、いつの間にか彼のそれより随分と大きくなってしまったようで。けれどそれを木佐さんには未だに隠してしまう部分がある。何故って、行き過ぎた愛情は悪にしかならないから。せめて、俺よりも、ううん俺と同じくらいには、木佐さんも自分を好きでいてくれたらいいのに。

そうしたら一々期間のお伺いを立てなくてはならないこの関係も、清算出来るかもしれないのに。

もやもやとループする考えを遮断するように鳴るのは携帯の着信音。聞き覚えのある音に慌てて出てみれば、今近くまで来たから、そっちに行ってもいい?という好きな人の声。勿論です、答えて彼の来訪まで僅か十分。部屋に忘れた着替えなんて、どうせまた行くのだからそのままでいいのに。言わないのは、予想外にこうやって彼に会えたことが嬉しいから。

渡したコーヒーを飲む木佐さんに視線をやれば、その様子が何処かおかしいことに気付く。

落ち着きがないというか妙にそわそわしているというか。ヤベ、俺何か木佐さんにしたっけ?と考えをめぐらせてみるものの、思い当たるふしもない。微妙な空気の沈黙に耐え切れず、どうかしましたか?と言いかけた時だった。あのさ、と言いにくそうに唇を開いたのは。

「お前も分かってると思うんだけどさ。俺、もう年なんだよ」
「………はい?」


いきなり何言い出すんだ、この人。


「面倒なんだよ。わざわざ忘れ物届けにここまで来るのも。体を動かすのもだるいし、疲れるし。そんな暇があったら睡眠にまわしたいし。…だから、」
「…だから?」
「…だから、その…。…今のお泊り会の期間を、む、無期限にしませんか?」


だってそうすればわざわざこんなふうに忘れ物を届ける必要もないし、面倒くさくないし、俺も疲れないし。思考回路が完全に大爆発したようで、木佐さんは言い訳がましい言葉をわあわあと喚き始める。呆然としている俺の横で。


…何なんだろう、この人。九歳も年上で、しかも男なのに。


何でこんなに可愛いんだろう。


放ってしまった言葉に後悔するように、木佐さんは耳まで赤く染めながら俯く。その顔に笑うことを止められないまま、そっと自分の額を寄せた。
愛されてるという自覚がないわけじゃない。ただ感じるのは、互いに対するその愛が、等しくないということだけ。けれど、どうやってそれを人は知れるというのだろう。愛の重さは量れないし、想いの深さもまた同じ。ただ出来るのは、相手から愛されていると信じること。お互いに愛し合っていると信じること。


愛とは、信じること。


ならば俺は信じよう。木佐さんがくれた言葉を。木佐さん自身を。誰よりも、何よりも。

一緒にいたいです、と想いを込めながら告げて、直ぐに耳に響いた彼の言葉。好きにすれば、という文字の代わりは、これから、いつまでも。



5.主従関係(王道10題)ゆききさ祭作品
11.12.7





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