結局のところ、自分の気持ちを無理矢理抑えていても、いつかどこかでそのバランスが取れなくなって崩壊するだろうな、と予想はしていた。普段、年上の恋人に対して必死で背伸びをして、大人ぶって。物分りがいい彼氏のふりをしていても、言いたいことも言えないという状況に心はどんどん軋んでいく。そうやってぼろぼろになった精神は最後にはついに壊れて、年下としてのプライドを捨てるという形でようやく再構築を始める。結果、残るのはただただ純粋な感情のみ。木佐さんが好きで好きで、たまらなく好きで、独り占めにしたいという子供じみた気持ちだけ。

初めて木佐さん自分の心の内を語ったとき、どん引きしてたよな、と思う。え、なに、お前そんなこと考えてたの?という台詞と青ざめた表情がいい証拠だ。答えずにたたみ込むように抱え込んでいた想いを吐き出して吐き出して。初めて雪名皇という人間を彼に見せた。否、他人に本当の自分を曝け出したのは、木佐さんが初めてだった。

けれど、腹黒い自分を見せたとしても、子供みたいな夢を語ってみても、木佐さんは笑うことをせずに俺を受け入れて。お前なら出来そうな気がする、という言葉をくれる。自分よりも年齢的にはかなり大人で、社会人でもある彼はきっと矛盾だらけの世の中というものを充分すぎるくらい知っているのだろう。自分以上にずっと、もっと。

現実というものは、努力が決して報われる世界でもない。好きな絵を描くために、この大学に入ったというものの、時間を削ってまで創りあげた作品が酷評されることなんて良くあること。社会に入ったら、もっともっと理不尽なことばかりなんだよ、と自分の好みでもなんでもない絵を描きながら、卒業した先輩は言う。自分の絵を否定されるばかりではなく、自分自身すらも否定される。卒業してもしなくても、この点はあまり変わりがないんだけれどね、と。

自分の絵をけなされたことに、もう慣れた、と友人には告げている。けれど傷つくことに慣れた、とはまだ誰にも口にしてはいない。上っ面だけの絵を描くと称される自分が、その心まで失いかけているなんて知られたら、それこそ人間の形をした人形そのものと吹聴されるに決まっている。怖いのは、そんな自分を木佐さんに知られて、面白くないやつ、と飽きられて捨てられてしまうこと。

頑張って、やりたい事やってみれば?

本当に無責任な言葉だとは思う。頑張って頑張って、けれど頑張ってもどうにもならない世界を知っていて尚、この人はこんなふうに言ってくれたのだろうと俺は信じている。報われない現実を知っていて、それでも与えてくれた彼の言葉だから、信じられる。自分がやりたいことや目指した夢を、当たり前のようにぽん、と背中を押してくれるのだ。安心しろ、俺はお前を飽きたりしないし、捨てたりもしない、と。だからお前のやりたいようにやってもいいのだと。

ただ頑張れと言われただけ。なのにそれが馬鹿みたいに嬉しくて。

木佐さんと一緒に暮らして、好きな絵描いて食べて行けたらな、と未来の夢を口にして。そういえば、木佐さんにはこれからこうしたいっていう夢ってありますか?と突拍子もなく尋ねてみる。30才の俺に夢とか聞かれてもね、と木佐さんは苦笑いを浮かべ、けれどふと、その表情を作り変えて、あ、あったわ、俺の夢、と静かに言った。


木佐さんが自分の夢を後押ししてくれたように、俺も木佐さんの背中を押してやりたい、弱る心を支えてあげたい。酷く純粋な気持ちで、それを聞いた。


「お前の夢、叶うのを見届けるのが俺の夢」


それまでは、どうか。ずっと隣にいてください。


3.無理矢理(王道10題)ゆききさ祭作品
11.12.5



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