人は生まれながらにして常に孤独と戦っているのだ。



不摂生と呼ばれるような生活をした覚えもない。手洗いうがいという予防らしきものを怠ったという記憶もない。けれどいくら努力をしたところで、ひいてしまうときはひいてしまうのだ。風邪という悪病は。

多分大学で貰ってきたのだろうな、と通常より高めの指数をさす体温計を薬箱の中に戻す。変わりに取り出したのは風邪薬。病院へ、と一瞬頭をその文字が横切ったけれど、あいにくの休日。たいしたことのない病気と自分で分かっているので、今日一日寝てれば治るか、と薬を飲み込みながら考える。吐く息すら、今はいつもより暖かく感じる。

氷枕を用意して、その上に頭を乗せる。布団を顔まで引き上げて、悪寒がする体を必死になって温める。体が弱っているせいか、瞼を閉じればすぐにでも眠りにつけそうな気がする。けれどそれを敢えてせずに、何もない無地の天井をぼうっと眺めた。

病は気から、という言葉があるように、病気というものはその体の健全性だけでなく心の安定性まで奪う。すぐに治ると分かっている病気であったとしても、症状で苦しんでいるのは自分ばかりで、病と闘うのも一人ばかりで。それが寂しいと思う。孤独だと嘆く。

けれど、それは今更というものだ。人間という固体は、結局は生まれるときも死ぬときも一つの存在が無くなるというそれだけの事実に過ぎない。母親の胎内から生まれたとしても、家族に見守られながらその生を終えたとしても。結局は一人の物体が勝手に存在して、勝手に無くなったに過ぎないから。

人というものは無意識にそういうことを感じ取っているものなのだ。だから、家族を求める。友達を求める。仲間を求める。愛する人を求める。たった一人である孤独というものを忘れるために。ただそれだけの為に。


病は心を蝕む。理由は、忘れていた孤独を思い出してしまうから。


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気づけば長い時間眠っていたらしい。壁時計を見れば、最後に記憶がある時間よりも大分針が進んでいた。氷枕からくちゅりと水音が聞こえる。そろそろ交換した方がいいか、と布団を跳ね除けて起き上がろうとした。

「新しい氷枕持ってきたけど、使う?」
「…木佐さん?」
「ああ、もうほとんど溶けてるな、これ。じゃあ交換するから、ちょっとどいてくれる?」
「え、あ、というか、何で木佐さんがここにいるんです?」
「……お前が呼んだから」

少しの間を空けた返事に首を傾げながら、先ほど彼に送ったメールの内容を思い出してみる。風邪をひいたので今日は会えません。伝えたのは、そんな素っ気の無い一文。

「俺には、寂しい、会いたいって見えたの」

ほら、取り替えたからさっさと寝ろ、というように掌で胸を押された。それは大した力ではないけれど、体は引き寄せられるようにベッドに沈んだ。ぱかと口を開けて、あっけに取られた表情で彼の顔を見れば、酷く穏やかな表情で微笑んでいて。大丈夫、俺がここにいるから、とだけ囁いた。

なんで、たったあの一文だけで、自分の気持ちが全部分かってしまったのだろう。そんな疑問はつい顔に出てってしまっていたらしい。仕方ないなという顔を作って、木佐さんは言った。



「お前が好きだから」



それだけだった。



忘れていた孤独を思い出させるのが病なのだとしても。忘れていた愛を思い出させてくれる人がそばにいてくれるのなら。


感じる孤独など、きっとなんてことはないのだ。


8.看病 (王道10題)ゆききさ祭作品
11.12.4



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