慣れない手つきでキーボードをかちゃかちゃと打っていると、横で甘奈が印刷したばかりの用紙に次々と赤ペンで文字を引いていった。ちらちらとその様子を眺めて見るに、誤字脱字等の校正がどんでもない量になっていて、思わず深い溜息を漏らしながら彼女に声をかけた。


「私の文章、そんなに変?」
「変なんかじゃないよ。十分上手」
「じゃあ何でそんなに赤文字だらけなのかしら?下手したら文章よりも多いじゃない」」
「これは、もっと良くなるようにしているだけだよ。透ちゃん」


にっこりと微笑みを浮かべながら見上げた彼女の瞳は純粋で、結局私は唇を噤むしかなかった。もう一度パソコンの白い画面に向き直り、遠い記憶を辿るように指先で叩く。読書好きな彼女の指摘は厳しくけれどごもっともで、だからこうして私の作品を一番に出来上がった所から見せている。それは検閲という意味合いもあるが、この小説においては私と同じく甘奈も当事者の一人だ。私の記憶の曖昧な部分を、彼女はこともなげにカバーしてくれる。だったら最初から彼女が書けばとは思うのだが、甘奈は読書好きにも関わらず文章下手という鬼才持ちだ。実は彼女が引いた赤字もそのままでは到底使えず、結局は私がそれを改善しながら推敲している状態だ。


お話を書く事がこんなに大変だとは。言いだしたのは自分だけれど、この事態はちょっと挫けそうだ。


私達は、私達でなかった頃の過去を、これから文字の中に埋め込む。


昔、実体を持たなかった私達が見たもの、聞いたもの、感じたものを言葉として、これからに残すつもりだ。本当は実体験なのだけれど、おおよそ普通の人間には信じられないことだから、まあフィクションという形でも良い。それでも、私達がこの出来事を通して知ったことが、誰かの心に届けばいい。ひたすらにその為だけに、私は紙の中に美しい世界を作りあげている。


だから、私が書かなくては。


それでも流石に疲れてしまった私を察する様に、甘奈が飲み物を持ってきながらやってきた。休憩しないと良い文章も書けないよ?彼女の言い分は正当で、だから椅子から床に降りて温かいココアを受取った。舌に広がる甘さが、疲労困憊な体を安らげていく。


「結構進んだね」
「まだまだ。皇お兄ちゃんと木佐お兄ちゃんの部分の半分だからね。ここから羽鳥お兄ちゃんのお話も書かなくちゃ」
「そうだね。…今回のお話、最後に透ちゃんが出てくるんでしょ?いいなあ…」
「何言ってるのよ。前回の律っちゃんのお話はほとんど甘奈の出番ばかりじゃない」
「そうなんだけどね。やっぱり人間で出てくるっていうのが羨ましい」
「心配しなくても、人間の甘奈も出てくるわよ。私と一緒に、最後の方だけど」
「本当?わあ!凄く楽しみ」


掌を合わせてはしゃぐ彼女の姿を見て、意思を固める。こんなに喜んでくれる人が私の傍にいるのだ。だから、疲れなどには負けていられない。本を作ろうと言い出したのは私。それを快く承諾して、時間を惜しんでまで協力してくれているのは甘奈なのだ。


もうちょっと休んだら?という彼女の言葉をやんわりと受け止めて、それでも私は画面に向かう。今は丁度、皇お兄ちゃんが木佐お兄ちゃんを追って大学に駆けつけた所だ。ここからの場面は私の中で行われた出来事、色鮮やかに心を込めて表現していこう。


私の姿につられてか、甘奈を再び文章に目を通し始めていた。話を読むよりも書く方がより時間はかかる。彼女をそこまで拘束するのは心苦しく、甘奈はもう休んで良いのよ?と告げてみる。彼女はそれにぷるぷると首を振って、疲れてないよ大丈夫、と笑いながら答える。


「それに校正云々じゃなくて、私が早くこのお話を読みたいんだ」
「そんなにたいしたものじゃないけどね」
「そんなことないよ!上手下手とかじゃなくてね、透ちゃんのお話って凄く心にあったかいものが残るから。だから私、このお話が大好きなんだ」


最後の一言がこの小説の中で私が一番伝えたいことだったから、少し涙ぐみながら笑った。それなら、とても嬉しいと答えて。


白い用紙にばら撒いた文字。その一つ一つを私は彼女と一緒に拾い上げる。時に顔を見合わせて笑って、感動的な場面に居合わせて思い出し泣きして。そうやって私達の記憶は過去になり、いつしか物語を終える。最後の瞬間に、私達は私達でなくなるけれど。


「ねえ、透ちゃん。話の結末には、あの同窓会のことを書くんでしょう?」
「良く分かったわね」
「大好きな透ちゃんのことだもん」
「大好きな甘奈にそう言われるのも、まあ嬉しいかな」
「透ちゃん、素直じゃない」
「昔から、それがウリ」
「実はみんなも、成長はしたけれどやっぱり同じだったよね?」
「でも、それが良い、でしょ?」
「当たり」


顔を見合わせて、ぷっと吹き出して一緒に笑ってしまった。


今度はやっと二人一緒に、見つけることが出来たね。





『問題編(元閑話休題1)』

ねえ、だってあの子ったら酷いのよ?

いつもいっつもあの子は私より先にお友達を見つけるって、私に自慢するのよ?律っちゃんだって、一番最初に仲良くなったのは自分だって。

だってそんなのしょうがないじゃない。あの子は皆とお友達になれる場所にいるけれど、私は皆とお友達になれない場所にいるんだから。

…うん。分かってる。出会いの数は勝ち負けじゃないって。

でもね?本当に大好きなお友達だったら、本当に大好きな人だったら、やっぱりもっと早く出会っていたいって思うじゃない?

それを分かってあの子は言うから、だから酷いのよ。でもね、それでも嫌いにはなれないの。そんなあの子も、私の大事なお友達で、とっても大好きな大切な子だから。

だから、一つだけね。あるの、あの子に負けない、皆に自慢できること。たった一つだけ。

あの子に、一番最初に出会ったのは、この私なのよって。






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