こういう風景を、郷愁と呼ぶだろうか。


++げに懐かしき日++


休日。図書館帰りの秋。夕暮れの道。休みの日に図書館で本を借りるのは恒例行事で。
でも、こんな時間帯に帰るのは久しぶりだなあ、とぼんやり思う。紅の絵の具を塗りたくったような、空。その絵は、空のキャンパスから大きくはみ出して、小さな街や、俺の体すら飲み込んでいく。ああ、身体が真っ赤だ。


最近は出勤するときや、帰宅するときくらいしか空なんて見ていないから。だから、こんな風に美しい空の赤を見ると、なんだか酷く胸が苦しくなる。人通りは、いつもに比べて少ない道。濃い影を落とす街頭路。その街中に、普段とは違う面々がちらほらと見てとれる。


―模試でもあったのかな。


休日だというのに、学生服を着た学生があちらこちらに確認出来る。そして、何人もが佇む俺の前をゆっくりと通り過ぎていく。ああ、懐かしい。貴方達を見るだけで懐かしくて懐かしくて堪らない。彼等が着ていた制服は、学ランだった。


中高一貫教育。中学生の時はブレザーで、高校生は学ラン。イメージ的に、ネクタイをつけるというのは酷く大人みたいに見えて当時の自分は、逆に高校生がブレザーなんじゃ?とネクタイを直しながら、内心思っていたのも今は懐かしいばかり。


それでも、学ランに最初に腕を通した時は嬉しかった。新しい服を着るのは好きだ。今までの自分を払拭するように新しい気持ちになれるから。それと、もう一つ。


憧れの先輩と同じ服を着れて嬉しかった。年上の彼がブレザー服を着ていたのは一瞬のことで好意を寄せてからのほとんどの時間は、違う服を着ていたから。それが、なんだか寂しくて。だから、やっと先輩に近づけたようで嬉しかったのだ。


黒髪の男の子と、薄茶色に色づいた髪の子が並んで歩いていく。どうやら模試の出来について語り合っているらしい。お前、一番最後の問題解けた?答えどうなった?なんて声が聞こえてくる。


完全に歩を進めるのを止めて、道の端に留まる俺の目の前をその二人も通り過ぎていく。それを目でじっと追ってしまう自分を止められない。


ああ、なぜ、なぜ今になって。こんな光景に胸がせきたてられてしまうのだろう?




―律




―思い出した。



こうやって姿形、光景も背景も何もかも違うけれど、同じなのだ。


あの時は、秋ではなく、桜の花舞う春だった。同級生でもなく、ただの接点のない先輩と後輩で。語りあうこともせず、ただ黙って彼の背を追って。それでも、遠く離れる俺を心配そうに呼びかける先輩の声が好きだった。


昔の俺と、その彼の過去を今の俺は見ているから。だから、こんなにも胸が苦しくなるのだ。もう、あの頃とは何もかもが違うのに。


「悪い、律。待たせたな」
「高野さん…。仕事は大丈夫だったんですか?」
「とりあえずは。あとは休み明けにでも処理するさ」
「お疲れ様です」
「仕事を思い出すから、そういう台詞は控えろ。今は完全にプライベートなんだから」

そういう物言いが、完全に会社にいるときの上司のそれで高野さんこそ、と内心思いながら、けれど言わなかった。

「だから、一緒に帰ろう」

何が、だから、なんだろうと思う。高野さんは俺に負けずにかなり本を読んでいるくせに、時々意味が分からない表現を使う。一緒に図書館に来たから?帰る途中に仕事を呼びつける携帯が鳴って、その電話が終わるまで、彼の側でじっと立ちながら待っていたから?


―結局同じ家に帰るのになあ…。


まあいいか。俺も高野さんと、こんな風に夕暮れに一緒に帰ることが嬉しくないわけでもないし。今日は高野さんの手作り料理も食べられるし。


「そーいえば、今日は学生が多いな」
「なんだか、模試があったみたいですよ?」
「へえ、休日にご苦労さんだな」
「そうですね。でも、なんだか懐かしいです」


俺の台詞を聞いて、高野さんがおや、という表情を浮かべる。けれどその理由は分かっていて。ずっとずっと過去の出来事に蓋をして耳を塞いで。絶望で塗りつぶしたはずの学生の時の記憶を、今は思い出して、こうやって少しずつ、彼に語りかけることも出来るようになっているからで。


「今度一緒に学生服でも着て、デートしようか」
「いきなり何言い出すんですか、あんたは」
「デートしたい。デートしよう」
「………学生服じゃなければ」


服のことはさておいて、お前結局デートしたいだけなんだろうと思いながら、でも上機嫌な高野さんには何も言えない。調子にのって、俺の手を握ってくる彼。その対処に今は忙しいから。


ああ、本当に懐かしい。よくお前とこうして、一緒に帰ったっけ。


思い出すように、ぽつりと高野さんが言った。


―ねえ、覚えていますか?


あの時は、先輩の隣に並んでいたことは一度だってなかったし、こんな風に手を繋いだこともありませんでした。先輩とうまく会話も出来なくて、ずっと俯く俺を、先輩は仕方なさそうに笑っていました。

今と全然違うでしょう?俺は高野さんと並んで歩くし、恥ずかしいけれど手を繋ぐことも出来る。最近は、いつになったら俺は高野さんの下の名前を呼べるのか、という残念な内容の話題だけれども。こうやって会話も出来る。

ねえ、あの頃と何もかもが違うでしょう?忘れてしまいましたか?それなら思い出してくれませんか?出来るでしょう?長い長い間眠りつかせていた俺の恋心を強引に目覚めさせた先輩なら。


高野さんの歩幅は広い。だから、つい遅れがちになる俺を、高野さんはゆっくりと待ってくれる。ああ、だから、だから一緒に帰ろう、なのか。あの時は、いつも後ろを歩いていたから。もしかして先輩は、ずっと俺と並んで一緒に歩きたかったのかな、と。


ずっとお前が来るのを待っているから、だから一緒に帰ろう。


そういうことかな。これで合っているのだろうか?まあ、でもこれが俺のファイナルアンサーなので、あとは答え合わせ。さっきの話なんですけれど、と意を決して彼に話かける。


休日。図書館帰りの秋。夕暮れの道。二人の間を流れる風。それがこんなにも懐かしくて懐かしくて愛しくて。心が掻き毟られるように疼いて思わず泣きそうになってしまって。それを心配した高野さんに引き寄せられて。


例えば、10年。これから10年後の未来。俺と高野さんが一緒にいるとは限らない。
もしかしたら、10年前みたいに何かの間違いで別れることがあるかもしれない。でも、でももし10年後も高野さんと一緒にいることが出来たなら。


こうやって、一緒に帰ったことをこの姿や情景を、高野さんへの想いや感情をああ、懐かしいと、思い出してくれるのだろうか。


そうだといいな。


※※
政宗さん、ねえそれ。10年前も同じこと言ってましたよね。



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