…あんにゃろう!人の顔を見るなり逃げやがった!


普段運動していない人間が私の俊足に勝てるはずもなく、一応は逃走を図ったもののあっさりと捕まった。久しぶり、木佐くん、と言えば奴は引きつった笑みで久しぶりですね、相川さんと告げた。せっかく会ったんだ、コーヒー奢れ。傲慢とも思える命令を指示しても、彼は嫌とも言わずにしぶしぶと従った。

自販機の前、二人で会話もせずに黙々と飲むコーヒー。ブラックを選んだのは失敗したか。いつも砂糖とクリームがたっぷり入ったものを飲んでいるからか、それに慣れた舌には苦すぎた。

「ねー、木佐」
「…何だよ」
「雪名くん、元気?」

言った途端、ブッフーと彼はコーヒーを噴出した。うーん。相変わらずこいつの動揺っぷりは見ていて面白い。

「…お陰さまで」
「恋のキューピットにはもっと感謝なさい」
「…キューピットっていうより、ただの策士だろ」

あの日のことは今でも忘れない。昔の私と彼の中学の頃の友人と全く同じ顔をした少年が、私の元にやってきたその時のことを。苗字を聞いただけで、その少年があの友人とどういう関係なのかも薄々は分かっていた。

よりによって、恋をしたのだという。この目の前にいる馬鹿な人に。何年も前に芽生えた恋心を、捨てることも出来ずに抱き続けた愚か者に。

あいつ、何年も前から、ずっと好きな人いるわよ。

宣告ともいえる私の言葉に怯みもせず、その少年は言ったのだ。構いません。それでも俺はあの人が好きですし、あの人も俺を好きになるはずです、と。

何処からその自信が沸いてくるのだろう、と不思議すぎて笑った。けたけたと声をあげながら、それでも彼を救えるのはこいつなんだと悟った。

言えば良かったのに。好きだって。そしたら、この恋心もさっさと終わらせることが出来たのに。でも彼は言うのだ。好きなものを好きだと後先考えずに口にするだなんて、ガキじゃあるまいし、と。

…そうね、私もガキじゃないから。言えなかった、あんたが好きだったなんて。今更そんなこと。数年間飲み込んだ言葉。口に残るコーヒーの苦さは失恋の味。


言いたいことを、言わずに我慢するということが大人なのか。言いたいことを、言えないという臆病さと、それは何が違うのか。

答えが私に分かるはずもなく、それでもただ一つだけ私が言える言葉を彼に贈った。


「あのさー、木佐」
「…今度は何だよ」



「あんたにはガキがお似合いよ」






『問題編(元閑話休題5)』

語るは空想。描くは虚像。つまらない現実。面白みのない毎日。代わり映えのない時間

だから私は空想を語る。だから私は虚像を描く。

さあおいで、素晴らしき想像の世界へ。さあさあ、皆が待っている。ここには同じ志を持つ者達が揃っている。言うなら私は、その世界を統べる女王でもある。

そんな私の元に一人の少年がやってきた。聞けば、私に叶えてもらいたい願いが一つあるのだという。


空想を現実へ。理想を本物へ。願望を成就へ。


面白い。



たまにはそんな遊びも悪くない。女王はその少年に手を貸すことを決めた。




女王=相川
少年=雪名

response from T.Y





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