本日晴天、大安吉日。絶好の結婚式日和だった。

窮屈なネクタイを緩めて、たなびく風に髪を揺らして。式場の方を見ていると、木佐先生、と俺の名前を呼ぶ声が背後から聞こえる。

「新郎の弟がこんなところにいていいの?」
「新郎の親友がこんなところにいていいんですか?」

ああ言えばこう言う。そんな雪名をじろりと睨みつけて、親友のお言葉とやらのスピーチをして疲れているんだから休ませろ、と俺は言う。すると雪名は仕方ないですね、と口にして、少し笑っていた。

二人の姿はとても美しかった。純白のウエディングドレスを着た花嫁と、同じく白の衣服で身を包む花婿。誓いの言葉を交わしては、そうして二人で笑いあう。ただそれだけの光景なのに、胸がきゅうと苦しくなった。ああ、良かった。スイが幸せそうで。二人が幸せそうで。スイに結婚の旨を伝えられたあの日以来、心からそう思えたのは初めてだった。

花嫁が両手で庇うふっくらとしたお腹の膨らみ。どうやら新婦はそのことを今日初めてその事実を知ったらしい。あなた、いつもいつも嘘をついて、私がいつもそれを暴く分、私が嘘をついたっていいじゃない、と。彼女のその言葉を耳にして、この二人はきっといい夫婦になるだろう、なんてそんなことをぼんやり思った。

嘘をついたり、その嘘に騙されたふりを続けていた自分は、きっとそこから間違っていたのだろう。今思えば、彼に対しても自分の心に対しても、もっと自分は誠実であるべきだった。だからあの恋は叶わなかったのだと、今はすんなりと納得できた。

いくら愛を誓いあって、その籍を結んだとしても、これがハッピーエンドというわけでもないのだろう。不吉なことを言うようだが、これからあの二人が別れる可能性というものはきっとゼロとは言い切れない。けれどそれは、きっとどんな恋にも当てはまる理論なのだ。別れる可能性なくしては、ずっと一緒にいられる可能性だってあるわけないのだから。

そもそも最初から「幸せな」恋なんてあるわけない。恋は得てして悲しくて辛いものだ。思い通りにならない現実に、抱えきれないその心に。そしてそれを耐え切れたものだけに与えられる特権が「幸せな」という形容詞なのだろう。うちの後輩くん達や、あの二人を見ていると、心の底からそう思う。

だから、この恋が幸せになるよう、自分はきっと精一杯努力すべきなのだろう。

…うん、努力。努力ね。ああ、本当に素敵な言葉だ。

「そういえばお前、何であんなこと言ってたの?」
「何がですか?」
「俺の中学生の頃、知ってたくせに、可愛かったでしょうねとか…」
「外面は知ってましたよ。俺が言いたかったのは、勿論外面もありますけれど、木佐先生は内面も可愛かったんだろうなって。そう思っただけですよ」

嘘は言ってません、と満面の笑みを浮かべる雪名に、もう呆れて声も出やしない。そうだね、お前は確かに嘘は言っていない。けれど、何も言わずに黙っていることも嘘をつくことに近しい行為だと多分彼は気づいていない。でも、まあいいか。そんな意地の悪い部分を全部ひっくるめて、俺は雪名を好きなのだから。

「今も昔も、外面も内面も俺の場合そんなに変わっちゃいないと思うけどね」
「…きっと、そうやって木佐先生が変わらないのは、俺が木佐先生を簡単に見つけるためだったんですね」

…何その都合のいい解釈。しかも何だよ、その笑顔。ああ、俺この先ずっとこんな調子でこいつと付き合っていかなきゃならないのかな、と少しだけ頭が痛くなる。男同士だし、九歳も年下だし、しかも初恋の人の弟って、なんだかどんどん頭痛の原因が増えていっているような気がする。

それを言うなら、雪名。お前がスイと同じ顔をしていたのは、きっと過去の恋を終わらせて、お前と恋をする為だったのだろう。彼とさほど変わりのない自分の発想力。気づいて更に頭が痛む。けれど緩む頬は止められず、それを隠すように静かに空を仰ぐ。

「とりあえず、その木佐先生って呼ぶの止めろ」
「家庭教師は復活したのに?」
「家にいるときはそれで良いけど、二人の時は駄目だ」
「…じゃあ、木佐さん?」

これで一つ頭痛要因は解消された。雪名が木佐先生と呼ぶ度に、変な罪悪感を覚えていたから、その呼び方に少しだけ安心する。一方雪名と言えば、新たに得た俺への呼称を気に入ったのか、楽しげに何度も何度もそれを口ずさんでいる。おかしい、何だかこれはこれで、また頭痛の原因が増えるような気がしてならない。そして、多分その予想は確実に当たる。

二人の間を柔らかな風が吹きぬける。緑の木々がしなり、遠くで人々の歓声が聞こえる。そろそろ戻りましょうか、という彼の言葉に頷いて、俺はゆっくり歩を返した。そうやって二人でただただ歩くことが、酷く嬉しかった。そんな些細なことが幸せで、少しだけ胸が苦しくなった。

好きな人には幸せになって欲しい。ずっとずっとそう思い続けていた。自分は苦しい思いをしてもいいから、それでも好きな人は幸福であって欲しい、と。でも、その考えは果たして正しかったのだろうか?好きな人にとって、例えば自分が大切な人であったのなら。自分の幸福を差し出して、彼を幸せにすることが、彼にとって幸せなことだったのだろうか?

きっとそれは違うのだ。俺がスイの幸せを祈るように、スイだって俺の幸せを願っていてくれるはずだ。俺が不幸のままだったら、きっとスイはそれを喜びはしなかっただろう。


どちらかが幸せになるのではなく、どちらも幸せにならなくてはいけない。多分、これが正解。だからきっと今まで俺はずっと間違い続けていたのだろう。

幸福というものは限られているものを分け合うものではない。いつだって、いくらでも、これからどんどん増やしていけるものなのだから。だから、俺も幸せになろう。自分の周りにいる人と、大切な人と、好きな人と。一緒に「幸せ」を作っていこう。

「雪名」
「はい?」

その名を呼べは、彼はすぐに返事をする。だから俺も彼を見て、笑みを浮かべながらそっとその唇を開く。

永遠なんて誓えやしない。死が二人を別つまで?そんな言葉は誓えない。まだ、俺と雪名の関係は始まったばかりで、すぐにはそんな台詞を返してやれない。純粋な愛を誓えない。


けれど、お前が俺を想ってくれた分だけ、俺はお前に俺自身を与えていこう。顔も、足も、腕も、心も、髪の毛一本それさえも。そうして、全てを差し出した時、俺は完全にお前のものになるのだろうし、きっとそうやって彼も自分のものになるのだろう。まだまだ先の未来の話。でも、そうなればいいな、と思う。出来れば、そうなりたい。ううん、絶対そうなる。そんな願いはいつしか必ず「誓い」になる。


愛してるなんてまだ言えない。でも代わりに、始まりの言葉を雪名に告げよう。これからもずっと一緒にいたいんだよ、そんな必死な願いとありったけの想いを込めて、捧げるから。どうかどうか気づいてほしい。




伝える言葉はささやかすぎて、一瞬にして掻き消されてしまうほど、儚いものではあるけれど。




でも、それでも。



「これから、よろしく」


驚きを見せたのは、ほんの一瞬。



「こちらこそ」




答えて雪名は微笑んだ。



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伝える言葉はささやかですが、私はあなたが大好きです

長々とお付き合いありがとうございました!


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