自分の予想に対して、小野寺の反応はとても淡々としたものだった。


頭の中に最悪な状況を想像してはげんなりして、それなりに相応の対策を考えていた時間は一体何だったか。彼のことだからきっとそれなりに理性を働かせて人前で喚くことはしなくても二人きりの時に追及してくることは確実だと思っていた。一体、いつ何処で何がきっかけで彼女を好きになったのか。どういう行き先で付き合ったことになったのか。その際俺はどういう言葉を発したのか等々。しかし、しかしだ。小野寺からそういったことを聞かれることもなければ、問い詰められることもなかった。



一切。まるっと一切。



しかも、それどころか。



「何だか最近、めっきり小野寺くんの姿を見かけなくなったわね」
「………」
「何?喧嘩でもしたの?」
「……さあ?」


勿論心辺りも、身に覚えもなかった。否、こうなった原因が確実にこれだと言えるのに、つまりそれに対しての小野寺の行動が全く読めなかったし、俺自身に理解出来なかっただけなのかもしれない。あくまでも彼氏彼女のカモフラージュとして、学校内の敷地にあるベンチに市ノ瀬と一緒に座ってにこやかに談笑する演技をしてみるものの、どうにもこうにも落ち着かない。とりあえず、ここまでにしておきましょうか、と唇だけで笑いながら彼女が言った。今日も、家まで送っていってくれるんでしょう?声は発さずに、頷くことで答える。



「あ、いけない。私ちょっと教室に忘れ物をしてきたみたい。悪いけど、少し待っててくれる?」
「分かった。下駄箱のところでいいの?」
「ええ。すぐに戻るわ」



正直、今の自分達の演技にどんな成果があるかはいまいち俺には分かってはいない。がしかし、市ノ瀬としては俺と付き合った効果は抜群だと言うのだ。今までしつこいくらいにあった彼女へのストーカーもどきの待ち伏せはぴたりと止み、市ノ瀬自身俺とお付き合いごっこを初めてからはその相手の男の顔をしばらく見ていないらしい。



このまま、うまく諦めてくれれば良いんだけど。ねえ、高野くん。それまではもう少しの間、付き合ってもらっても良い?



実際彼女の台詞にどれくらいの信憑性があるかは分からない。けれど俺としてはその言葉を信じるしかないのだ。事実、彼女と仮初でも付き合うことによって俺の目的は達成されている。…そうなのだ、それこそ面白いくらいに。



最近小野寺と一緒にいる時間がほとんど無くなった。



「あれ?高野さん?こんなところで何をしているんです?」



考えている矢先、その人が突然目の前に現れて流石に驚いてしまった。



「いや、その、」
「ああ、彼女さんを待っているんですね。お邪魔してすみませんでした。帰り道に一緒になるのは幼馴染でも流石にまずいと思いますが、俺はお先に失礼するつもりなのでご安心ください」



ぺらぺらと、普段と何一つ変わりのない淡々とした表情で小野寺が告げる。何か、確かに彼に伝えたいことがあったはずなのに、いざ、彼を目の前にすると何も言えなくなった。何を言えばいいのか分からなくて、つい、視線で訴えかけるように小野寺の顔をまじまじと見つめる。…何て顔をしているんですか、と小野寺が笑った。



「おおよそ、彼女が出来たばかりの彼氏の顔とは思えないくらい情けない表情ですね。もっとしっかりしてくださいよ」
「……言われるまでもない」
「そうですか。それなら良いんですけど。せいぜい彼女さんに愛想を尽かされないように頑張ってくださいね」
「…あのさ、」
「はい?」
「何でお前、最近俺のことを避けてるの?」


綺麗な碧色の瞳が大きく開いた。狼狽えたように見えたのは一時で、小野寺はすぐにいつもの表情へとさっと顔を作り替える。



「……避けてるって、何を根拠に」
「お前とこうやって話をするの、随分久しぶりだと思ったから」
「避けてなんかいませんよ。…一応、俺なりに遠慮をしているだけです」
「遠慮って」
「配慮とも言いますね。良いですか、高野さん。幼馴染と出来たばかりの彼女。何事においても優先すべきは彼女の方に決まっているじゃないですか。流石の俺でも、それくらいの空気は読めますから。馬鹿にしないでくださいね」



茶化すように苦笑いを浮かべながら、小野寺が言った。そういう論点では無かったはずだと指摘しようとして、けれどそれを指摘したところで俺は一体どういう結果を求めているのだろう。


「高野さんが好きになった人なんですよね。そんな高野さんを、好きになってくれた人ですから。どうか、大切に大切にしてあげてください」



それじゃあ、俺は帰りますと小野寺は小さく告げて、俺に背を向ける。そして突如、あ、と何かを思い出すようにくるりと振り向いた。大事なことを言うのを忘れていました、と。



「さようなら、高野さん」



それは単に幼馴染のくれた別れの挨拶だと言うのに、何故だか俺は返事が出来なかった。



お前は、俺のことが好きだったんじゃ無かったのか?



そんな疑問が頭の中をぐるぐると駆け巡ったけれど、今更すぎて聞ける訳も無かった。






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