学校の中の図書館と言えば、自分にとっては特別な場所だった。


こう見えて幼い頃から本好きだった俺は、その性格を今をも受け継ぎ自他共に認める本の虫となった。何故そんなにも本を読むことが好きなのかと問われても、正直好きだからとしか答えようがない。例えばたかだか何ページかの紙面の中に、自分の知らない世界が広がっていたりとか。感情とか、感動とかが文字一つに籠められてそれが伝わるところとか。話せば多分原因のいくつか程度は軽く説明出来るけれど、それをしないのは所詮意味がないと思っているから。


どうして本が好きなの?


そんな単純な質問をしてくるあたり、この人は本というものの価値を何も分かっていないことが分かるから。それを好きでもない人間に、好きな理由を伝えるほど、馬鹿馬鹿しいものはない。だから、もしそういう問いの類が俺に投げかけられた時、答えはいつもきまって「何となく」と無表情に言うだけだった。


話を元に戻そう。


そんな本好きな俺だから、学校に併設されている図書館に毎日のように通うことは言わば当たり前のことだった。わざわざ外に出て図書館に行くという煩わしさにくらべて、学校に来たついでに寄れるというのはとても便利な仕組みで。正直図書館に行くついでに学校に行っているという感覚でもあった。母親にもしそんなことを知られたら思いっきり泣かれそうだが、一応成績面での義務はある程度果たしているし、それを一切口にしていないのだから許して欲しいところだ。


春めいた陽だまりの当たる午後。芽吹き始めた桜の花びらが、ところどころ視界の端に映る。


春眠暁を覚えずとはよく言ったもので、厳しい冬の寒さを乗り越えて迎えた穏やかな日々というものは滅法眠くなるものだ。本を読みたいという感情と眠りたいという欲求が戦って、今日のところは後者が勝ってしまった。閉じた瞼の奥で、部屋の中にいる人間の気配が一人、二人と減っていく。最後に時計を見た記憶から逆算すると、もう間もなく昼休みが終わるところなのだろう。


このまま、授業をサボって眠ってしまおうか。


一瞬思考を巡らせて、すぐにその案を採用することに決定した。このままの眠気の状態では、教室に戻っても結局眠ってしまうのがオチだった。昨晩手に入れた新刊の本を徹夜で読んでしまったことが根本的な原因だ。まあしかし今更過去を嘆いたところで仕方ないし、授業の一回や二回、欠席したところで何の不具合も生じないだろう。


そうやって居眠りを決め込むタイミングと、ガラリと大きく図書室の扉が開かれたのはほぼ同時だった。


この時間に図書室に来るもの好きが俺の他にいたのかと驚くと共に、閉じていた瞳をうっかりと開いてしまって、そのことを酷く後悔してしまった。


「……高野さん、アンタって人は。また授業をサボろうとするなんて本当にいい度胸ですね」


殺気立った小野寺の姿が視界に映り、今まで襲っていた眠気が一気に吹き飛んだ。奴の右手にはそれはそれはたいそう重そうな装丁本が握りしめられていたが、それが本来とは違う意味で使われるであろうことを瞬間的に察して、思わず冷たいものが背筋を駆け上がっていった。


「…いや、待て小野寺。早まるな。話せば分かる」
「問答無用!」


どこかで聞いた歴史小説の言葉をそのまま引用しながらの会話の最後、頭上には重い衝撃と言葉に出来ないほどの痛みが、パコーンという小気味の良い音と同時に襲った。




結局あの後は小野寺に言われるがままに、授業が始まる直前の教室へと連れ戻された。


むすりと不機嫌そうな表情を浮かべる俺に、どうやら隣の席に座る一ノ瀬は大体の事情を察したらしい。面白そうに、かつ妙に厭味ったらしい笑顔で「また小野寺くん?」と詮索を始める。あんまりにもむかついて返事の一つすら口にしなかった訳だが、生憎彼女はそれで大体のことは理解したらしい。高野くんと小野寺くんのやりとり、見てるだけで楽しいわあ、と言ってけらけらと笑っている。


「そう言えば今まで聞く機会が無かったけれど、高野くんと小野寺くんってどういう関係なの?」


そこで少し遅れてきた教師がやってきたために、彼女とのたわいない会話はこともなく途切れた。じんじんと未だ痛む頭を撫でながら、教科書をなぞるだけの酷く退屈な時間が始まる。


…これだから、教室に戻るよりも図書館にいた方が良かったのに、と内心に思う。新しい知識を学ぶことはそれなりに楽しいが、既に持っている知識を授業で繰り返し公聴するのはいたく面倒なことだ。それらが自分の興味のない分野なら尚更のこと。


ふわあと出そうになる欠伸を一つ噛み殺して、そういえば教室から去りゆく小野寺から何かの本を渡されていたっけ、と思いだす。俺に対して凶器になったとも呼べるその分厚い本は、自分が今まで目にしたこともないタイトルで。同じ本好きとも言えるあいつの選んだものならば、それはそれは面白いものなのだろうと察した。そうしたら大変不本意なことではあるけれど少しばかりわくわくしてしまって、眠るどころではなくなってしまった。


午後からの授業を軽く我慢出来る程度には。


くるくるとシャープペンシルを回転させていると、くすりと一ノ瀬が笑う姿が目に入った。何?と視線だけで問うと、何でもないと彼女は首を振った。


高野くんと小野寺くんって、一体どういう関係なの?


市ノ瀬の先ほどの台詞がふいに蘇り、しばし考え込んだもののあっさりと答えは出た。



俺、高野政宗と小野寺律は、家が隣同士の幼馴染です。



その付き合いはおおよそ十年来で、まあ、俺にとっての彼は弟みたいなものです。





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