幼馴染であり、親友でもある吉野千秋という男に、初めて好きだと告白されたのはおおよそ五年前。中学生になりたての頃だった。放課後の校舎裏でというような、いかにもという在り来たりなシチュエーションだったわけでも無く、自宅の部屋にて俺は読書、吉野はだらしない恰好で漫画を読んでいる最中のことだった。


あ。そう言えば俺、トリに言いたいことがあるんだった。


ふと何かを思い出したような声音で彼が言い、けれど視線は本から離そうともせずに「何だ」聞き返した。吉野は、ただ一言好きだと告げた。


「だから、何?」
「ん?何って何が?」
「お前、主語が完全に抜けてるだろう。それが将来漫画家を目指している奴の台詞か?」
「そんな俺の言葉だから察しろよ。このシチュエーションで、告白っていったら、誰が相手なんて決まっているだろ?」


にかり、と何の悪びれもなく彼はそう言い切るものだから、うっかりぽろりと手にしていた本を落っことしそうになってしまった。一瞬だけ、頭が真っ白になって思考が停止してしまったのはほんのちょっとの間。そうした結果、思わず口から出た言葉と言えば、それで?という回答とも言えない断片の一つだった。


そんな俺の返事に、吉野はきょとんとした表情を見せる。まるで、そんな返事を貰うとは思ってもいなかったというように首を傾げて、また、ああ、思いついたというように答えた。


「それだけ」


それだけって、どういうことだと思わず突っ込んでしまったのは、一般的に見ても至極当然の行為と言えよう。お前、赤ん坊の頃からの幼馴染で、こうして一週間の大半を一緒に過ごしている親友に、しかも男である俺に、愛の告白をしようものなら少なからず何かかしらの意図があってしかるべきだろうと。そう問い詰めたところで戻ってきた返事と言えば、俺、別にトリとどうこうなりたいわけでなく、ただ言いたかっただけなんだよね、という何ともつまらない台詞だった。


「忘れてやる」
「うん、そうして」


本の一つも動揺しなかったかといえば、そりゃあ勿論嘘になるけれども、翌日に顔を合わせた吉野は至っていつも通りで。昨日自分に告白してきたことなんてまるで無かったかのように平然と過ごしていたから。


だから俺もその日にあったことを全て忘れることにした。


そうして日々を過ごして一年、これまた唐突に、吉野が俺に向かって好きだと言った。昔と同じように、今度は立ち寄ったファーストフード店からの帰り道に、もぐもぐと咀嚼しながらのそれだった。


…またか、というのが本音だった。


「俺は記憶力が良い方だからな。長年の付き合いに免じて、今回も忘れてやる。異議はあるか」
「ないない。全くと言って」
「許すのは今回までだからな」
「え〜!トリのケチ!仏の顔も三度までって言うだろ?」
「俺は神様でもなければ仏様でもないから」


ほら。まただ。


俺が普段通りに返せば、吉野だっていつもと同じ様になる。食べかけのものをついうっかり地面に落として、うっすらと泣きべそをかく彼に俺はため息をつき、また買いに行けばいいだろうと慰める。そっか、そうだよな。また行こうな、とあっさり立ち直った吉野は、だからその日別れる最後の瞬間までずっと笑顔だった。


高校の卒業式の日に、早咲きの桜吹雪の中に彼が何かを言った。風のせいで聞きとれなかった。今度は、耳に届かないふりをした。何か言った?とわざとらしく聞き返した自分に、吉野は違う大学だけど、お互いにせいぜい元気でな、と微笑んだ。


そうしてしばらくぶりに吉野の家へと訪れてみれば、彼の姿は跡形もなく消えていた。


ずっと遠くへ引っ越すこと。あの子、どうして貴方に伝えなかったのかしら?


幼馴染だったのに。親友だったのに。


彼の母親の嘆く声が、静かに胸の奥へと沈んでゆく。


思い返せば記憶の中の吉野はいつだって微笑んでいて、あの日の最後の決意みたいなものすら、何も考えずに無かったことにした俺に、ずっとずっと笑ってくれていたのに。


幼馴染だった。誰の代わりにもなれない親友だと思っていた。



でも自分達の間にあったものはと言えば、ただそれだけでしたね。




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