引越しをすませたばかりの部屋というものは散々に散らかっていて、このダンボールの山をそれぞれに解いていくのはおそらく数日を要するだろう。元々整理整頓が何気に苦手だったことをも拍車をかけて、気づけば時計は深夜の時刻を指していた。そろそろ眠ろうかと考えてはみたものの、生憎ぺちゃんこに潰されているだろう布団は未だ箱の中だ。仕方なく新品の匂いのするソファーに身を埋め、コンビニで購入してきた僅かながらのビールに手を伸ばす。途中、開いた鞄の中から一冊の本が現れて、何とはなしに胸に抱いた。無音の中に人の声が恋しくなって、テレビをつけるも、流れるは砂嵐ばかり。思いついたように先程開けたばかりの箱の中から、携帯型のラジオを取り出し周波を合わせた。


小さな機械から流れ出る曲には聞き覚えがあった。イギリスに留学していた頃、そこで知り合った友人の中にこの歌手の熱狂的なファンがいたから。頼みもしないのに自分にCDを押し付けて、良い曲だから聞いてみろという強要にも近い行為で、けれど渋々受け取ったりもしたっけ、と過去を思い出して小さく笑った。


ぼすりとソファーに頭を預けて天井を見上げる。真白に染まる天井に右手を伸ばして、ああ、これからここで新しい日々が始まるのだなと感慨深く思った。空になったビールは床に投げっぱなし、雑音紛れの音楽は部屋の中に鳴り続け。胸においていた本を静かに取り上げる。


会社を退職したその日に、元同僚から受け取った一冊の少女漫画だった。


ぱらぱらとその漫画を捲ってみても、ちっとも頭に入りやしない。少量の酒に酔ったせいか、それとも無意識にご都合主義の世界から目を逸らしたい故か。真相は突きとめることなく棚上げして、何事も無かったかのように腕を下ろして目を閉じた。


ラジオから溢れてくる音は、ビートルズの曲だった。


瞼の奥に、数年前の自分の姿が蘇る。一途な恋心を持ってたった一人の人間を愛し、世界の全てがきらきらと輝いていたあの頃。随分と遠い記憶になったものだとふけりながらも、その時に受けた胸の傷が未だくすぶっていることを知っていたから。十年近く時間をかけても癒えないそれは、何故だろう。一人の時間が多くなればなるほど、痛くてうずいて堪らない。


彼らは、世界の為にと一心に愛と平和を歌い続けた。


けれど結局、最も愛していたはずの人間に自らの心を打たれて、青年は無残にも殺されたのだ。


一番に信じていた人から裏切られたように。


愛を捧げた平和の神様からしっぺ返しをくらうように。


或いは、十年前に馬鹿みたいに誰かに恋した自分のように。



そのこころに、銃。自由が失われた日。



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