ああ、こいつに女が出来たなと感づくのは、いつだって些細な変化に気づいた瞬間だ。
例えばいつもコーヒーに入れる砂糖の量が普段のそれとは明からさまに少なかったり、常に似たりよったりの髪の長さが僅かに切り揃えられていた時。普段は漫画を描くことばかり考えている吉野が、少なからず人目を気にしたような様を見せれば、それが何を意図するのかを瞬時に悟ってしまうのは、自らが望まずとも数十年の間親友なんてものを続けているからだろう。
今回は、携帯電話の着信音だった。いつもはお気に入りのアニメのオープニングの曲に設定していたはずなのに、食事の途中に唐突に鳴り出したのは、何処かで聞き覚えのある今流行りのラブソングだった。携帯電話を取り上げると、吉野の顔がふにゃりと歪む。ごめん、ちょっと出てくる、という一言を残して、吉野は食事の途中にも関わらずにさっさと部屋を出て行ってしまった。
彼の為だけに作った料理を一人箸で摘んでは口に含め、その光景が酷く滑稽に思える。別にお互いの彼女の存在を隠すような仲ではないが、わざわざ改めて報告するほど幼い関係でも無かった。ただ、先刻に流れた曲が頭の中でリピートを続けて、それがいたく不愉快だ。
吉野が選んだ女性はどんな人なのだろう。いかにも可愛らしい曲調を好みそうな人種を想像するに、もしかしたら吉野と雰囲気が似ているのかもしれない。吉野が彼女からお願いされてそうしたのか、それとも彼女の気を引く為にそうしたのかは知らない。ただ、あの緩みきった表情を見れば、二人が上手くいっているのだろうと察するには充分だった。
「ごめん、トリ。話しだしたら止まらなくなって」
冷たくなった食事を文句の一つも零さずにぱくぱくと食べ始める吉野を目の前に、ふと考える。もし俺が飲むコーヒーの量が変わったら、お前はそれに気づいてくれるだろうか?長年変えなかった料理の味を、少し変えてみたら、彼にその変化を気づかせることが出来るだろうか?
「………吉野」
「ん?何?」
「………」
勢いのままに長年育ててきた想いをぶちまけてやろうといきりたった瞬間に、またあの携帯電話の曲がそれを遮った。迷うように俺と電話とを見比べる吉野に、良いから出ろという顔を浮かべてやれば、吉野は安心したように携帯電話を拾い上げた。
引き裂くように、音が鳴る。
この人は、貴方のものじゃないよと音が泣く。
ごめんね私は変われない。