洋服で溢れそうになっているクローゼットを思いつきで整理していると、奥底から見慣れない茶色の紙袋を発見した。これ、なんだっけ?と首を傾けながら袋の中を覗きこむと、あったのはごろごろと転がる毛糸と棒針。複雑に絡みついた中途半端な創作物を流し見てようやく思い出した。一昨年の冬に作ろうとしたマフラーだ。


編み物というのは服を作る以上に複雑な構造だ。ふとした気の緩みが指先に繋がって、不本意に網目が大きくなったり、かといって神経を集中しすぎてもきつきつになって不格好に見えるし。時間を惜しんで取り掛かったものはいいものの、結局間に合わなかった役立たずな代物。とりあえず棒針だけを残して、毛糸の玉は潔く捨てた。


だって、色が気に食わない。


世間様はバレンタイン一色で、浮かれ気分に流されるように新しい毛糸を購入した。作り方は本を見れば大丈夫だろうし、直線を作るマフラーはセーターに比べれば至極簡単だ。一昨年のリベンジ!くらいの勢いで、さくさくと作った。意外と楽しかった。


つまり出来上がったマフラーは彼氏へのバレンタイン用のプレゼントだった訳だが、何とか今年こそは作り上げたそれは、最終的にその男に渡されることはなかった。頬を伝う涙を拭いながら、あの野郎、と口汚く恋人への、否、元恋人への恨みつらみの言葉を重ねる。


「そういうの、重い」


折角一生懸命の作り上げたマフラーを、その一言で切り捨てられた私の気持ちが分かる?最近では手作りの物なんか古臭くて、高級品を送っちゃったりするのが主流だとは知っている。でも、私だって散々悩んで、それでもきっと喜んでくれるだろうと思って選んだのに。


重いって何さ。


私、あんたのこと真剣に好きだったんだよ?真剣に恋する女の気持ちが、重いのは当然じゃないか。ああ、そうだよね。あんたは私と同じくらい私のことを好きじゃなかったから、そういうことが平気で言えたんだよね。結局は私の一人よがりだったんだよね。そう結論づけたら、涙が出るどころか急に阿呆らしくなった。


私、何であんな奴が好きだったんだろ?


「あれ?…里緒?」
「…皇?」
「珍しいな、こんな場所で里緒と会うなんて」


泣き腫らした顔を何とかメイクで誤魔化して、さあ帰ろうとした直後に皇と出会った。買い物袋をこれでもかと抱えている彼はやけに所帯臭いが、流石王子様。そこら辺のおばちゃんによくある光景も皇がやると実に優雅ですね、とついいつもの癖で褒め称えてしまう。途端、彼は嫌そうな顔を見せた。


こんな些細なことで気分が浮上する自分が少し憎らしい。


「ねえ、皇。参考までに聞きたいんだけど、バレンタインの予定とか、ある?」
「んー、とりあえずガトーショコラかパウンドケーキに挑戦しようと思ってる。でも、流石に食べ物だけってのも味気ないから、何か日用品のプレゼントでも…」
「…あっそ」


予定がなければ一緒に飲みにいこうかとでも考えただけなのに、予想外のダメージを喰らった。惚気けたという自覚がない彼は、気のない返事をした私を不思議がっている。


「ま、それならいいわ。とりあえず頑張ってね」


それ以上に語り合う気力もなしに、言葉を残して私は彼に背を向けた。


ここの所やけに料理上手になった王子様は、バレンタイン当日もその腕を奮って、愛しい恋人の為に甘い菓子を作るのだろう。そうして、出来上がったものを恋人と一緒に二人で囲んで、満ちあふれた愛の中で時を過ごすのだ。自分勝手な想像だけれど、きっと彼の恋人はそこまでしてくれた彼の愛を「重い」なんて言わないのだろうな、と何となく思った。


かける想いが同じ重さなら、秤は決して傾かない。そのことを多分“相思相愛”と呼ぶのだから。


実にお似合いですこと。


友情という重さ以上になり得なかった友人の為に編んだものは、もう捨てた。そしてこれから、家に帰った私は今まさに作り上げたマフラーをゴミ箱へと捻り込むのだ。


未練なく、潔く。


昔の男によく似合う色の物など、気に食わなくて仕方ない。





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