画用紙がある。クレヨンがある。そしてそれら二つが置かれている机の前には俺がいる。故に弾き出される答えは明確。新品のビニールのパッケージをぺりりと剥がせば、ふと昔懐かしい独特の匂いが鼻腔を掠めた。


特に目的があるわけでも無かった。ただ、スーパーでちょっとした買い物をした最中にこの子供騙しの画材道具を見つけて、手に取ってみたという流れだ。深い意味なんてない。多分、今日家に訪れる筈だった雪名からドタキャンの連絡が入ったことなどは、一切関係ない。と、とりあえず事前に主張しておく。


適当な色のクレヨン一つを手に取って、真っ白な画用紙に勢いよく向き合う。…が、いざとなるとその指先は微塵も動かなかった。うーん。お絵描きって何を描けば良いんだっけ?と自分が子供だった頃のことを思い返す。けれど、いくら考えたところで、もう何十年前に描いたものなど覚えているわけもないし、もしその幼稚な絵を今の自分が見たところで、これは一体何を描いたんだ?と疑問に首を傾げるだけだろう。多分、描いた何かではなく、描く行為そのものが幼い頃は楽しくて楽しくて仕方なかったはずだ。……ということは、今のあいつもそうなのだろうか?そんな想像が頭をよぎって、小さく苦笑いを一つ零した。


仕方なしに何となく星を描いてみる。星を描いたら、我編集部のマスコットが連想され、その傍に寄り添わせてみる。うん。色々と残念な出来だ。そもそも俺、あんまり絵心ないもんなあ、と笑いながら、でも雪名の絵は俺の目から見ても綺麗だよな、などとも考える。字は体を表すという言葉があるが、それは絵にだって当てはまるような気がする。雪名の絵は、ぱっと見とても華やかに感じるが、そこには僅かな繊細さや芯の強さが隠されている。俺には、そう見える。…この間雪名に見せて貰った絵はどんな絵だったっけ?あ、確かこんな感じの。と思いつきの連続で、白の世界を埋めていった。あまりの混沌っぷりに自分でもちょっと笑ってしまったが、ここまで来たらどうにか完成させたい。後は無我夢中だった。


「え?…木佐さん、もしかして絵を描いたんですか?」
「なんだその“え?”は。俺だって絵の一つや二つ描けるに決まってるだろ」
「うわー!可愛い絵ですね!」


何処をどう見たらあのカオスな絵を可愛いなんて思えるやら。まあ、三十路でこんな面倒臭い男を可愛いだなんて表現するもんな、お前。きっと雪名の目は腐っているのだろうけど、それならどうかこれからもそのままでいてくれ。


「これ、俺が貰っても良いですか?」
「別に良いけど。そんなもんどうすんの?」
「部屋に飾ります」
「悪趣味」
「タイトルは何ですか?」
「阿呆か。こんな落書きにそんなものあるわけないだろ」
「なら、俺が勝手に決めても良いですか?“希望”とかはどうでしょう?」


良いんじゃないの?お前がそう思うのならそれで。ちなみに絶対に教えはしないけれど、その絵のテーマはお前だよ。


だってその絵を描いている間に考えていたのは、雪名のことばかりだし。



あなたはわたしのきぼうです。

故に、希望。



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