人を呪わば穴二つ。


という諺は結局正しいことだったのだと今は思う。十年前の約束を守ってくれたという事実は、言葉にすれば聞こえは良い。けれどそれはつまり気の遠くなるような長い期間、雪名自身を俺の台詞が縛り続けたことに他ならない。そこに確かな愛を見出すのは簡単で、だからといって都合の悪いものから目を逸らすような真似はしたくない。


雪名には諦めるという選択肢だってあったはずだ。雪名にとっては女性を選ぶことの方が、俺の手を取るよりも遥かに容易い。自分の悩みなどは雪名と比べれば当然軽く、だから彼自身の苦悩を考えると想像を絶する。早く手を出してくれた方が良い、なんていう考えがどれほど愚かなことか。真実を知りもしないくせに、随分と偉そうに語ったものだ。


十年後に、君を好きになるよ。


途方もないこの無責任な台詞は、結局雪名を十年間縛ることになったと断言しても良い。俺から発せられた呪いの言葉はそうして雪名を苛むどころか、巡り巡って自分にも降りかかり。人は呪わば穴二つ。彼の告白を留めたばかりに、俺自身の言葉すら奪ってしまった。俺が好きだと言えなかったのは、つまり自分の所為なのだ。


まあ、此処でぐだぐだ悩んでいても、結局起こってしまったことにはどうすることも出来ない。けれど腹の底にわだかまる罪悪感というか、不快感というか。雪名を好きだと考えると同じくらい、申し訳ない気持ちが胸に残っている。それが原因となって、今後の付き合いに影響を及ぼすとなれば大問題だ。こんなものを抱えたまま、おおよそ雪名の腕の中に飛び込むことなんて出来ない。


はあー、と盛大なため息をついて、ばたりと机の上に倒れこむ。それとほぼ同じくして、隣の席から似たような吐息の音が聞こえた。何があったのかは良く分からないが、隣の新人くんがげっそりとした表情で何かの用紙をじいっと睨んでいる。


声をかけようとした途端、運悪く彼は編集長に呼ばれてしまい、席から立ち上がって歩いていくその後ろ姿を何気なく眺めていた。高野さんが口を開く。律っちゃんの顔が凄まじく苛立ったものに変化する。高野さんが少し笑いながら、再び何かを告げる。…何を口走ったのかは分からないが、律っちゃんの表情が瞬時に赤く染まった。先程の憂いの表情を一転させて、顔を赤らめたままの律っちゃんが、高野さんに噛み付くようにぎゃーぎゃーと騒いでいる。


その光景を見て、軽く握りしめた右手を開いた左手にぽん、と落とした。


ああ、その手があったか。


何だかんだとありまして、俺の誕生日のプレゼントは未だ保留中だ。一応は自分の願いらしきものを語ったわけだが、案の定雪名に却下された。俺の幸せを祈ってくれるのは嬉しいですが、俺の相手は木佐さんしかいませんから。他の誰かを想像した上での願いなんて、俺には要りません、と。本来なら俺が貰う側であるはずなのに、何で祝われる俺のリクエスト自体が拒否されるんだよ、と何度考えても肩を竦めて笑ってしまう。


「何をそんなに楽しそうに笑っているんですか?」
「ん?いや、まさかあんなチビ助と俺が付き合うことになるとはなって」
「身長ならとっくに木佐さんを抜いていますよ」
「そういう意味じゃ無くてさ」
「全ては愛の成せる技です」


もうやだ。でも、多分本気で言っているんだろうな、コイツ。こそりと雪名の表情を盗み見ると、今までに見たことのない様なにやついた笑顔を浮かべている。そうかそうか。俺と付き合えることになったのが、そんなに嬉しいのか。こほりとわざとらしく堰をし、俺もお前と一緒になれて幸せですよ、とうっかり本音を漏らさないように胸に留める。


そして、出来るだけいつもの様子と何一つ変わりのないように、ん、と雪名に手を差し出した。


「何ですか?この手」
「俺へのプレゼントをさっさと寄越せっていう意味」
「まだ何も準備していませんよ?大体木佐さんが決めていない…」
「良いから。早く寄越せって言ってんの!彼女に出来て、俺に出来ない理由でもあんの?」


ぽかんと唇を開けて驚く雪名から視線は逸らして、けれど直ぐにくつくつと笑い声が聞こえた。冷たい空気しか感じられなかったその手に、ぽすりと暖かな感触が乗せられた。


「出来れば、プライベートで手を握るのは俺だけにしておくこと」
「はい」
「あと、これはお前次第なんだけど…、その…せめて十年は離さないこと」
「十年ぽっちじゃ全然足りませんよ。少なくても、五十年百年単位で見てもらわないと」
「言ってろ」


古き呪われた言葉は、新しいそれで塗り替えれば良いだけの話だ。これからは、雪名が幸せになれるよう。俺も、彼の隣で笑っていることが出来るよう。今度こそ縛られるのではなく、幸せに包まれる方法で。


けれど、思うのだ。雪名が俺の言葉を信じて努力していてくれたなら、そんな雪名を好きになるようにと呪いをかけられていたのは、俺の方なのかもしれない。勝手な解釈だけれど、たまには自分らしからぬプラス思考も良いだろう


例えば十年、或いは五十年。もしお互いに結んだ約束を覚えていたなら、守ることが出来たなら。


それこそ交わした言葉は、永遠の愛の誓いに等しいはずだ。



おしまい




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