「信じられない!」


という大声を発したかと思えば、律っちゃんは枕の中へぼすりとその顔を埋めた。本を読んでいる真っ最中だった自分は、一旦は顔を上げて彼の姿を見やったものの、しばらくして何事も無かったように再度視線を下に落とした。そんな自分の態度を見て、律っちゃんは一言「律は冷たい」と小さく文句を告げる。おそらくは誤解を招くような彼の言動なので、ここで説明しておきたい。これら一連のやりとりは何も今に始まったことではない。かれこれ一時間以上自分と彼は、同じ会話を何度か繰り返しているのだ。


最初のうちはまともに反応していたものの、それが否応無しに続けられれば俺だって流石に嫌になる。折角なので読み損ねていた本を彼の本棚から拝借し、読書の合間に会話をしているような状態だ。


「うーん。だってその問題は最終的に律っちゃんが決めることじゃないの?」
「…そうだけど」


至極正論なことを言ってやればやったで、彼はぷくりと頬を膨らませてしまう。先程から全く進歩の感じられない会話だった。


でもまあ、そんな反応も最初だから仕方ないのかな、と思う。


高野さんの彼への気持ちの変化に、一番初めに気づいたのは実は自分だと知っている。根拠を尋ねられると説明するのは酷く難しいが、高野先輩と初めて出会った時にいつか律っちゃんとこうなるのではないかな、という予感が自分には確かにあった。それはつまりインスピレーションと同じようなもので、だから彼にとっては前代未聞のトラブルも、俺にしてみれば来るべきものが来ただけの話だ。


今日の食事会前の出来事を皮切りに、高野先輩が本格的に律っちゃんを口説き落としにかかるようだ。


俺と嵯峨先輩共々、彼に全面協力をすることにおいて意見は一致している。自分達の問題が解決したから、はい終わりとはいかないのだ。だって自分達の為にあれだけ尽くしてくれた先輩だから、幸せになって欲しいと願うのは当然のこと。無論、それは律っちゃんであっても。


そういうところ、本当に二人共そっくりだよなとふと思う。弟という存在を大切にするばかりに、自己犠牲を伴うところなんて特に似ている。自分達のことを深く考えてくれるのは嬉しいが、だからと言って兄である二人に不幸になって欲しいなどとは到底思えないのだ。結果的には兄達を自分達のごたごたに巻き込んで良かったと思っている。だってこうでもしない限り彼はいつだって自分の幸せを一番に考え、それを実行してしまうだろうから。それが嫌な訳じゃないけれど、兄達自身の幸福を掴んで欲しいと願っていたのもまた事実だ。


兄が弟を大切にしてくれるというなら、弟だって兄を幸せにしたい。


嵯峨先輩のことは俺が幸せにするし、俺は先輩が隣にいるだけで幸福だ。そこには何の心配も、干渉すら必要ない。律っちゃんの救いの手すらもう要らないから、だからその掌を今度は彼自身が愛する人に向けて欲しい。それが高野先輩であると良いなと願うのは我が儘すぎるだろうか?でも、どうしてだろう。いつしか二人が手を取り合いながら微笑む姿が、自分には見えるのだ。


「いきなり…キ、…キスするとか馬鹿じゃないの!」
「高野先輩は頭が良いよ?律っちゃんと張り合うくらいだから」
「…食事中にああいうことを言うのはマナー違反だと思う!」
「それくらい、律っちゃんのことが好きなんでしょ」


反論すると、彼は目を見開きながら「信じられない!」というお馴染みの台詞を口にした。


実際、律っちゃんは高野さんのことを結構好きだと思うけどな。


けれど敢えて口にせず、いつもみたいにただ微笑んで見せれば、観念したように彼は枕を下へと落とした。そして顔を赤く染めたまま、ぽつりと本音を零すのだ。突然頬に口付けされたことも、その後に高野さんに告白されたことも。全く嫌じゃなかったことが自分でも“信じられない”と。


ほらね。





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