淡く色づく桜の木の下で、ぼんやりと昔のことを思い出していた。


卒業式という今日を迎え、各教室では今も残った生徒達がお別れの言葉を繰り返している。在学中の自分にとっては、高校生最後の日なんて未だ想像出来ないくらい遠いもので。けれど無意識に、くたびれた制服で散り散りに消えていく先輩達を目で追いかけてしまう。涙が出るくらいに別れが寂しい訳ではないが、もう二度と同じ場所で過ごす時間が無いのだなと考えると、少々感傷的な気分だった。


さよならをしなくてはならない人がいる。


後から聞いたことだが、どうやら例のお誕生会の際にとんでもない事件があったらしい。会場から消えた俺とその自分を追いかけた羽鳥が、事の内容を伝聞で知った時、流石に耳を疑ってしまった。その会の主役で会ったナオくんが、突如卒業を待たずして海外に渡ると宣言したのだ。しかも勉学の為ではなく、好きな人がそこにいるから行きたいという理由で。学校のことはあっちに行ったら考えるよ、と重大なことをあっけらかんと告げた彼に、クラスメイト達は驚きを通り越してしばし放心したそうだ。


ナオくんに好きな人がいた、という事実にショックを受ける女子生徒もいたが、けれど最後には皆で笑いながら彼の背中を押し出すような形になった。だから先程まで行われていたクラスのお別れ会には、彼の新たな門出を祝うという応援も意味もあった。


楽しかったその余韻に浸りながら、満開の桜の中に身を埋める。目を閉じて花の散る音を聞こうとし、けれど結局は風の音にかき消されてしまう。


「吉野くん」
「あ、ナオくん…」
「今、ちょっと良いかな」
「うん、大丈夫」


背後に誰かがやって来た気配を感じ、振り向いてみればそこにいたのはナオくんだった。今しがた考えていた当の本人が現れ僅かに面食らったものの、そうとは悟られぬように無難な返事を返す。先程の集まりで渡された沢山の贈り物と花束を木の根元に寄せ置いた彼は、あー、重かったと言いながら肩に手を添えていた。


「もうこの桜も見ることが出来なくなるから、見納め。日本だけだもんね、桜が見れるのも」


にこりと笑いながら、ナオくんはその台詞を噛み締めるように口にする。そうだね、と返して、彼と同じように咲き誇る木々を静かに見上げた。


実のところ、彼への誤解が解けたものの、今までの自分の態度を急に変化させることはなかった。いや、出来なかったというのが正しいのか。きっと自分の心の問題なのだろうけど。彼に謝罪したい気持ちがある分、今更どう接して良いのか分からないというのが本音だ。勝手に三角関係に巻き込んでごめんなさい、なんて言える訳もなく、その場合羽鳥との関係も明るみに出てしまう可能性もある。実際そんなに親交が深かった訳でもないし、いつもと比較すると彼への対応が冷静さの欠けたものだったというだけで、他者から見れば気づかない程ささやかなものだったはずだ。となると、ますます謝罪するという理由を見失い、結果自分の心に勝手にわだかまりを残し続けている。


これが最後のチャンスになることは薄々分かっている。でも、何をどう言えば良い?


「ねえ、吉野くん」
「何?」
「ありがとうね」


一人悶々と悩んでいる時に突然感謝の言葉を告げられ、驚きに目を見開く。彼の台詞をしばし頭の中で反芻し、怒られることはあってもありがとうと言われるようなことをした覚えは無かったと結論が出る。ひらひらと頭上から桜の花びらが降る中、もしかして聞き間違い?と彼の表情を伺うも、彼は前の言葉を撤回しようとはせずに微笑むだけだ。


「俺、ナオくんに感謝されるようなこと、何かしたっけ?」
「外国に行くことを決めたの、吉野くんのお陰だから」
「………俺の?」
「うん」
「身に覚えが無いんだけど」
「…うーん、そうだよね。自覚症状が無いのが吉野くんだもんね」


俺の反応に、何が可笑しかったのかナオくんは突如ぷっと吹き出す。笑われている理由を全く理解出来ない俺は、ただその様子を見守るしかない。しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻した彼はお腹を抱えながらごめんごめん、と謝罪の言葉を口にして。


「羽鳥くんとは上手くいってるんだよね?」
「…ふぇ?…え、は?!」
「あれだけ両想いってバレバレだったのに、お付き合いするまでに半年以上かかったよね〜。見てるこっちがやきもきしたけど、無事に結ばれて良かったね!」


満面の笑みを浮かべてとんでもないことをきっぱりと言い切るナオくんに一瞬唖然とし、すぐに意識を取り戻した。な、何を、言って、と、トリと上手くいくって、何だよ、あはは!なんて手をぶんぶんと振って慌てて弁解してみるも、彼の台詞に動揺していることは誰が見ても丸分かりで。これでは、はいそうですと答えているようなものだ。


あ、う、と赤くなっていると、僕、全部知ってるよ?という止めの一言を刺され、全身の血が逆流して顔が真っ赤に染まる。頭の中は大混乱中で、とうとう否定の言葉すら出せなくなる。


何故、ナオくんが俺と羽鳥の関係を知っているのか。まさか、羽鳥がばらした?と考えてみるものの、羽鳥がそんなことをする人間でないことは自分が一番良く知っている。しかっも、付き合いが半年になる、という具体的な時間の指摘は、当事者意外に知りえない情報なのだ。


だとしたら益々分からない。彼は一体どうやってそのことを知ったのか。


「だって転校してきたばかりの頃、吉野くんずっと僕のこと見てたでしょ?でも転校生って物珍しさに監察されることは良くあるから、最初は特に気にしてなかったんだ。後で漫画のイメージに使うって聞いて、ああ成程って思ったし。でもね、丁度吉野くんと入れ違いだったかな。羽鳥くんに、物凄く殺気立った目で睨まれていることに気づいて。恨まれる理由なんて全然分からなかったから、本当に怖かったけど。で、そうやって見られるってことは何か原因があるはずだと思った時に、吉野くんが羽鳥くんのことを熱っぽい視線で見つめていたことに気づいた訳。それで、ピンと来た。羽鳥くんの強烈な視線は、つまり嫉妬で、僕は頼んでもいないのにいつの間にか三角関係に巻き込まれていたんだって」


全くの誤解だからそれはそれで焦ったけどねー、とナオくんはのほほんと語る。それに対して俺はと言えば、羞恥の余りに今すぐ穴を掘って埋まりたい気持ちだった。


俺が何を言わなくとも、ナオくんには全てお見通しだったのだ。そりゃああれだけじろじろ見ていたら気づくのが普通だし、羽鳥の視線は俺ですら分かったものなのだから、当の本人が知らないはずもない。何故その可能性を考慮しなかったのか。まあ、自分達のことでいっぱいいっぱいだったというのが大体の理由だけど、それにしたって酷すぎる。


「まあ、とりあえず僕が下手に動くわけにもいかなかったから、大人しくしていたんだけど。それが功を成して良かったと思って。あの視線は本当に苦しかったから」
「…その、ごめんね」
「良いよ。二人が幸せになったんなら、僕はそれで」


全てにおいて彼の言った通りだった。まさか、ナオくんがこれだけ洞察力に優れているとは。普通睨まれているからといって、それが三角関係に、しかも男同士のものに巻き込まれているという現状を普通は思いつきもしないはずなのだ。それを難なく悟らせたということは、俺の羽鳥に対する視線が所謂そういうものだったことが直接の原因のようだ。………恥ずかしすぎて居た堪れない。


「だからね、二人に見られることはもう慣れっこになっちゃってたから。公園で僕が女の子に告白されていた現場を目撃されても、何とも思わなかった。むしろこれで僕の身の潔白を証明出来るかなー、なんてちょっと期待しちゃった」


そこまで知られているのか、と理解したら全身の力が抜けていった。


「だから、僕は怒ってないからね?大丈夫だよ、吉野くん」


ナオくんの意図を、その言葉でようやく理解する。


何故忙しいはずの彼が、わざわざこの場所にやって来たのかも。桜が見たいというのはただの言い訳で、ナオくんは本当は俺の姿を探していたのだ。どうして、彼が秘密のままでも良い様なことをわざわざ自分に打ち明けたのか。そんなの簡単じゃないか。彼は自分達がしてきたことを全部許すつもりなのだ。でなければ、別離の際にこんな話はしない。


あれこれと言い訳を作って、ごめんの一言すら口に出来ない俺の為に。


どこまでも良い人なんだこの人。単なる思い込みに巻き込まれたというだけなのに、こんなにも俺達のことを気にかけてくれて。お人好しにも程がある。もっと自分を責め立ててくれても良いのに。そう考えたら、目頭が熱くなった。


呆然とする俺を見ながら、ナオくんはふふと満足気に笑ってみせ、そのままに言葉を繋げる。


「そうそう。見ていた吉野くんには教えるね。あの子だよ。僕が海外に追いかけていく好きな子」
「え?でも、着ていたのは確か日本の制服だったよね?」
「あの時は、出発直前の出来事だったからね。彼女は僕と同じく親が転勤族で。それが理由で仲良くなったんだけど。僕からは中々好きって言えなくて。だってどうせ告白したとしても、その後離れ離れになるんだよ?だったら、どうせ別れるって分かってるなら、敢えて波風を立たせる必要もないし、このままで良いって考えてた」
「………でも、その子は」
「うん。僕に告白してきたよ。結局僕も彼女のことが好きだったのは間違いないから、嬉しいってだけ答えた。でも、僕の台詞って結局はその場限りの物だって知ってたんだ。付き合おう、とか遠距離でも頑張ろうとか、そんな台詞は一切言わなかったし、約束もしなかった。ううん、出来なかったんだよね。彼女との未来を描くには、僕には勇気が足りなすぎて」


まあ、ある意味僕も子供だったんだよね、と呑気に言いながら、彼はぐっと背伸びをする。
ふわりと流れるように風が吹き、掌で花びらを受け止めた彼は、だってね、と口にする。


「もし、僕も好きだよ、なんて返事をしたら、つまりすれは彼女の道を狭めてしまうことになるから。離れた距離で彼女に辛い想いをさせるくらいなら、最初から約束なんてしないほうが良いと思った。勢いに任せて言うことだって出来たんだろうけど、もしそれで彼女が後悔しらたどうしようって不安になって。今思えば、杞憂だったと思うよ。でも、その時は僕なりに真剣に悩んでいて、でもその考えを壊してくれたのが、吉野くん達だった」
「俺と、トリの?」


彼の恋の話すら初耳だったのだ。そこに唐突に自分たちの名前が出てきて、驚いたまま彼に問い直せば、それを肯定するようにナオくんは静かに頷く。


「二人のことずっと見てたからね。でも、凄くイライラしたっていうのが本音だったかな。僕から見ればお互い両想いだってことは分かりきっていたことだし、それなのに中々進まなくって。あまりに焦れったくて、二人の前で暴露してやろうかって考えたこともある。心から好きなら、好きって言えばいいんだ。ただそれだけで、二人とも幸せになれるのに。どうして、ただ好きっていう一言が言えないのかなって」
「………」
「でも、結局それって自分のことを言ってるんだって、気がついた。吉野くん達には偉そうに文句を言っているくせに、僕は彼女から逃げていたんだから。そんなの矛盾しているよね。だから、吉野くん達への怒りの感情は、全部自分に対してのものだったって分かった。臆病者は僕自身だって。だから決めた。今度こそ彼女にきちんと好きだって言おうって、もう逃げないって」


だから、吉野くん達のおかげなんだよ、とにこやかに彼は言い切った。それにどう言葉を返せばいいのか迷っていると、急にナオくんがこちらに向かって手招きをする。まるでひそひそ話をするみたいに、自分の耳元にその顔を寄せた。


「多分誤解していると思うから、説明する。お誕生会の時にこうやって僕が羽鳥くんに内緒話をしていたの、吉野くんも見てたと思うけど。あれ、実は鎌をかけてたんだ。僕がもし吉野くんを好きって言ったらどうするって。まあ、冗談なんだけど。吉野くんはすぐに逃げちゃって、まずかったなかと後悔してたらその後を羽鳥くんが追いかけた。やっと飛び越えてくれた。それを見て分かったんだ。離れたなら、追いかければ良いんだって。何でこんな単純なことに気づかなかったんだろうって。それで、これね?」


おもむろにナオくんがポケットの中からごそごそとある物を取り出した。何かと思い見やれば、それは自分が誕生日プレゼントに贈ったあの赤色のパスケースで。


「こっそりあの場所で開けてみたとき、驚きすぎて笑っちゃった。自分勝手な解釈だって分かってても、どうしてもこれが早く彼女を追いかけろって励ましてくれているみたいに思えて。凄く凄く嬉しかった。だから、ありがとう。僕に、勇気をくれて」


感謝の言葉を最後に、ナオくんがぺこりとお辞儀をする。


「以上、僕からの真相の告白でした。何か質問、ある?」
「………えっと」


まさか自分達のごたごたが、彼にそんな影響を与えているとは思いもしなかったことだから。かなり混乱していて頭が現実に追いつかない。


それでも、一つだけ。


自らの世界を破って飛び出す彼にだからこそ、確かめたいことがあった。


「…不安にならない?もし、自分が選んだ道が間違っていたらって」
「なるよ。流石に僕だって。でもね、吉野くん」


一息ついて、彼は眩しいくらいの笑顔で言った。


「間違うことの、何がいけないの?」
「………」
「間違ったからこそ、正しい道が見えるだってある。二通りの選択肢があるなら、どちらに欲しい未来があるかが分かるっていうことじゃないか。間違うということは、それだけ正解に近づくってことだよ」
「でも、」
「ねえ、吉野くん。やり直すっていうのはね、過去に戻って事実を掘り返すことじゃない。過去の道をそのままに抱えて、新しい道を信じて、もう一度歩むっていうことなんだから。良いんだよ、間違っても。また、勇気を持って新しい道に踏み出すことが出来るなら。何かを始めるのに、遅すぎることなんて無いんだから」


僕の最初の間違いは、彼女と何も言わずに離れてしまったこと。だから今、失ったものを取り戻しに。


「…何か、俺まで勇気が湧いてきたみたい」
「本当に?それなら嬉しい」
「……もっと早くナオくんとこんなふうに話せていたら、俺達も親友になれていたのかな」
「何言ってるの!もう親友でしょ!これだけお互いの恋に影響を与えて、単なる知人だなんて言わせないからね?」
「…うん、そうだよね」
「向こうについたら手紙を送るから、吉野くんの漫画も絶対描きあげて送って。僕がヒロインじゃなくて、僕がヒーローの話が良いな。で、彼女がヒロインの。ストーリーはお任せする。本当は初めて吉野くんが絵を見せてくれたときから、ずっと楽しみにしてたんだからね?」
「そうなんだ。分かった。必ず送る」
「届いたら、彼女と仲良く読むから。……待ってる」


子供じみた指切りの約束。でもそれが必ず守られることを俺達は知っている。親友との約束を破る馬鹿が何処にいる?


もし、もう一度彼女の会えたとしたなら、一番最初に何をしたい?と彼に尋ねた。それにナオくんはちょっと眉を寄せて、それは色々と悩む質問だねえと言葉を濁す。一緒にやりたいことがありすぎて。でも、譲れないものがたった一つあるから、それかな、と彼は言う。


「まずは彼女への返事として、僕からも告白する!」


それが、最後の答えだった。


一体いつからそこにいたのか、羽鳥が音も無く背後に現れた。突然自分の名前を呼ばれ、びくりと体を震わせ振り返れば、何とも仏頂面な奴が構えていて。むっすりとした態度に、今の自分とナオくんのやり取りが全て見られていたのだと悟った。おそらく、彼以外に俺に親友が出来たのが気に食わないのだろう。お前、親友という他にも幼馴染や恋人っていう名称も持ち合わせているだろうが!という反論は、墓穴を掘りそうなので口にはしない。


「…トリって、ナオくんに良いように使われたんだって?」
「まあ、随分と心外だがな」
「何か変な話だよな〜。ナオくんがいたから話がこじれたのに、ナオくんの一言のおかげで上手くいったなんてさー」


羽鳥の様子から伺うに、今言った自分の言葉は紛れもない真実なのだろう。変に慎重深い羽鳥が、勢いに任せて全てを白状したことを不思議に思っていたけれど、まさかそうさせたのが彼の仕業だったとは。


「あいつがいなかったら、なんてお前は思うか?」
「まさか。そういうトリの方はどうなんだよ?」
「答える必要性も感じないな」


つまりは、同じ意見だということだ。


もし何の苦難もなく俺が羽鳥と結ばれていたって、結局は同じ壁にぶち当たっていたように思えるのだ。自分が男を好きになるなんておかしいのではないか、よりによってその相手が幼馴染の親友だなんて間違っているのではないかと。人の気持ちなんて変わりやすいもので、だからいつしか羽鳥が別の誰かを選んでしまうんじゃないかと不安になって。いつしか自分の気持ちや羽鳥の想いに逃げ出てしまうこともあったのかもしれない。でも、ナオくんと出会ったことでその全てに向き合えたような気がするのだ。きっとこの先にも比べ物にならない困難が待ち受けているだろうけど、二人一緒なら必ず立ち向かえるはずだから。


自分を犠牲にしてまで羽鳥の身代わりになったこと。その全てが、きっと無駄では無かった。だからその過去を優しく守って、あたたかな未来を歩もう。


「あの半年間、俺は一生分の後悔をしたような気がする」
「それじゃあ、一生一緒にいるしかないな」
「何どさくさに紛れて変なこと言ってんだよ」
「冗談じゃない。本気だ」


飄々と口にする羽鳥を真っ赤になっているだろう顔で睨む。ああ畜生。それが羽鳥の本心だと分かるからこそ、恥ずかしいのに。


「まあ、これから先俺はお前を手放すことは絶対に無いってことだ」
「ああ、そうですか。俺だってトリが嫌だって言っても、死んでも逃がさないからな!覚悟しとけよ!」
「上等だ」


これからも羽鳥と一緒に生きてゆくこと。共にあること。その道を、俺たちは二人で選ぶことを決めたのだ。否、選択という表現はもしかすると相応しくないのかもしれない。自分の決めた道を歩き出すということは、信じるということ。


ならば、信じてみよう。最初の勇気を振り絞った自分を。そんな俺を選んでくれた羽鳥を。


そう言えば一番初めにナオくんと出会った時に、俺は彼の名前を凄く素敵だなって思ったんだっけ。鈴木、直生。真っ直ぐに生きる彼に相応しく、ぴったりなその名。今度会うときには、直生くん、ってちゃんと呼ぼうかなと一人勝手に想像して微笑む。


「お前、またあいつのこと考えているだろ」
「ん?何のこと?」


図星を指されたけれど、平然とすっとぼけてみせる。付き合い始めて分かったことだが、羽鳥は自分に対して滅法嫉妬深い。少々同級生で戯れたというだけで、まるで殺さんとするばかりのオーラを出すのだ。面倒臭い奴だな、と思いつつまあ、そんなトリが愛しいと思える自分は、案外幸せなのかもしれない。


喉から手が出るほど欲しかった幸福が、此処にある。


さて、今まで騙し騙しにしてきたけれど、そろそろ彼にちゃんと口にしてやらなければならない。実は、俺から羽鳥に向かっての明確な愛の言葉を一度も語ったことが無いのだ。理由はと言えば、まあ恥ずかしいというのが一番だが、心の中に僅かな不安の種があったということがもっぱらの理由だろう。でも今は、それすらも優しく抱きしめて前に進むことが出来るような気がするから。


「なあ、トリ」
「…なんだ?」

彼の目を正面から真っ直ぐに見て、微笑みながら息を吸い込む。大丈夫、大丈夫だ。きっと海を越えるあの人も、一緒になって俺に勇気を与えてくれる。さあ、だから。


「あのね、…俺、」


今までずっと、トリのことが好きでした。



おしまい



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