本気でどうしてくれようこの男。


自宅に帰ると黒装束姿の雪名が颯爽と玄関口に現れた。何でも今日はハロウィンということで、大学でもそれなりの規模のイベントが行われたらしい。お前の学校本当にそういう祭りごとが大好きだよな、と呆れた目で言えば、まあ楽しいから良いんじゃないですか?という台詞が返ってきた。忘れそうになっていたが、そういやコイツもその大学の生徒の一人だった。毎日を不思議な場所で過ごしていると思考というものは感化されるものなのかね、とため息をつく。しかしよくよく考えてみれば、校了前に三日は家に帰れないのが当たり前という常識も、世間から見れば非常識。慣れというのはつまり、洗脳の一種であるに違いない。


文句を言うとするのなら、一重にその格好にだ。どう考えても狙っているとしか思えない、ドラキュラ伯爵のコスプレ。黒いスーツに漆黒のマント。中にはピンと張った白シャツに留められた黒のネクタイ。頭はいつぞやのモデル仕様のオールバック。嫌味な位に似合っている。最初は我慢して素知らぬふりをしていたけれど、とうとう堪えきれずに写真撮ってもいい?と尋ねてみれば、待ってましたとばかり雪名が構える。深く考えなくても、この状況は異常だと認識している。理屈で分かっていても理性で止められないのが何とも情けないことだが。


一通りの撮影会を終えてさあ夕食を食べようという段階になって、冷蔵庫の中に見慣れない箱が入っていることに気づいた。何これ、とぱかりと開けてみれば、中にはベイクドチーズケーキがホールで一つ。何処かの店で買ってきたのか?と聞けば、購入したのではなく自宅で作って持ってきたんですよと彼は驚きの発言をする。お前、どこぞの主婦だ?ああ、いや、今は吸血鬼か。でも、元は王子様。混乱して頭を悩ませる自分にはたと気づいた。……何を言ってるんだ俺は。雪名は雪名だろ?また妙な思考に惑わされるところだった


夕食をそそくさと終えてデザートをナイフで切り分けている時、何を思ったのか私服に着替えたはずの雪名がまた先ほどの格好で現れた。俺好みの吸血鬼の姿は、先程散々見たというのに。とくりと胸が鳴るのは、もはや条件反射の域だ。


「お前、さっきから何してんの?」
「この格好の方が木佐さん喜ぶかなって」
「雪名さ、俺のこと何だと思ってんの?」
「大好きな人だと思ってますけど、それが何か?」
「………もういいわ」


呆れて物が言えない。的外れな返答に何処か喜んでいる自分も憎い。


「今日、実はこの格好で小学校に行って来たんですよ」
「ふーん。ボランティアか何かで?」
「いえ、毎年の恒例行事みたいですよ。小さい子も一緒になって仮装して。お母さん方がものすごい勢いで写真撮ってましたけど、やっぱり我が子は可愛いんでしょうね」


それは子供を写してるんじゃなくて、お前を撮ってるんじゃねえの?おそらくは事実だろうけれど、彼からは嫉妬だと認識されそうなので口には出さない。


「けれどハロウィンって何で仮装するんでしたっけ?」
「あー、なんだっけ。確か本物のお化けを怖がらせる為だったような気がする」

幽霊が現れる季節といえば夏が思い出されるが、それは日本特有の考えだ。先祖代々の霊がこの世に戻ってくるお盆という恒例は、つまり終戦の日に関連して産まれたものに過ぎない。ハロウィン発祥の地では、それが秋だというだけの話だ。何故秋かという由来の説明は省くが、死者の魂が舞い戻るという点は日本のそれと等しい。唯一異なるのは、その幽霊さんとやらが生きた人間に襲いかかり、人の体を乗っ取ろうとする点だ。


ホラー映画を良く見れば分かることだが、日本の場合は日常の中にひっそりと潜むタイプの霊がほとんどだが、海外の場合の幽霊とやらは相当アクティブだ。誰これ構わず問答無用で襲いかかってくる奴らと比べれば、日本の幽霊のなんと奥ゆかしいことか。けれどその大人しさが、海外から見れば爆笑の種なのだ。


とまあそれは置いておいて、外国の幽霊は隙あらば人の肉体を奪おうとする為、その対抗手段としてお化けの格好をするのだという。怖い幽霊を逆に怯えさせれば撃退出来る。昔の人の思考回路を理解するのは難しいが、伝承というものは得てしてそういうものだ。


「確かお菓子を配るっていうのもそういう理由だったはずだけど」
「ソウルケーキ。魂のお菓子、というのは聞いたことがあります」
「んー。多分それは仏壇に捧げるお供えと同じようなものだったと思う。こっちじゃ天国で美味しいものを食べられますようにだけれど、あっちじゃ美味しい思いをしながら天国に行けますように、という願いを込めた的な」


切り分けたケーキを皿の上にひょいとのせてやる。ほら、と雪名に手渡して見れば、彼は何とも感慨深く自分が作った菓子を見つめている。


「最後の晩餐ってやつですか」
「現実と妄想の世界をごっちゃにするのは漫画だけにしておけよ。そもそも今のお前は吸血鬼だろ?ケーキ食えんの?」
「それもそうですね」


くつくつと笑ったかと思えば、一口ぱくりとケーキの欠片に噛み付き。もぐもぐと口を動かしながら、雪名は自身の大きなバックの中をがさごそと探る。食事中に何してるんだ?と訝しげに視線を送れば、何とも奇妙な小物が出てきた。この間一緒に出かけた遊園地で見かけたような、もふもふの猫の耳が付いたカチューシャ…。何だろうこの悪い胸騒ぎは。


「つけねーぞ」
「だって今日はハロウィンですし、ね?」
「何がですし、ね?だ。三十路のおっさんに何させる気だお前は」
「さっきはノリノリで俺の写真撮ってたじゃないですか」
「それは…、と、兎に角絶対つけないからな!」
「えー」


奴の言葉を耳を塞いで無視すれば、あからさまに雪名は落ち込んでみせる。だからと言って彼の言いなりになるという選択肢はないのだが、しかしこのままにしておけるはずもない。フォークの先に付けたケーキを舌で絡めとり、ごくりと飲み込んで。


「雪名」
「はい?」


その名前を呼んだ途端、勢いのまま奴に覆いかぶさり。吸い取るように唇を押し付けてやった。驚きに目を見開きながら固まる雪名に、いっつもお前が突然キスしてくるから、だからお返しとにやりと笑いながら言ってみせる。


「襲う方は仮装なんて必要ねーんだよ」
「襲われる俺は、一応はお菓子を用意していたはずなんですが」
「あれはあれで美味かった。でもこれはこれ」


お前の若い精気を根こそぎ奪ってやるから覚悟しておけと服を脱がしていくと、俺の魂はもうとっくに木佐さんの物ですよとふざけたことを言う。


「そういう諦めの態度は良くない」
「だって本当のことですから」
「主導権もこのままで良いの?」
「それは、」


嫌です、といたくきっぱりと答える雪名に、上等だと笑って見せた。


肉体がなくても魂だけになっても。参りましょうか。一緒に、素晴らしき天国へ。
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