コーヒーにミルクと砂糖を入れることが苦手だった。

折角綺麗な黒色なのに、そこに純白のそれらを入れれば、あっという間に薄茶色の異様な物質に変貌する。透明な漆黒の液体は姿を消し、まるで違う飲み物みたいに見えて、それが何故か気味悪く感じて、だから酷く苦手だった。

そもそも白と黒は対極の位置関係にあるものなんだろう。オセロとか、陰陽とか、あとは…ピアノとか?最後のは若干怪しい感じはするけれど、まあとりあえず白と黒は逆位置に存在する。天使と悪魔のような、ああ、いい例えがあるじゃないか。

だから、一度黒と白を喧嘩させてみればいいのではないか。どちらが強いか。白黒はっきりさせればいい。おや、ここにもいい表現が。例えば黒。赤と赤を足せば赤にしかならないが、赤と青と足せば紫色に変化する。けれど紫に緑を足せば、黒になる。この世界は、赤、青、緑の色で構成されている。色の三大元素。故に、これ以外の色をどんなに混じり併せても結果は変わらない。

最終的には黒になる。あらゆる色の覇者は黒。でもそこに白が入るとまた別問題だ。

白は、あらゆる色を消していく。薄めていく。掻き消していく。けれど何もなかったように見せかけて、その存在は強大だ。色が無いのに、そこに存在する。目に見えない神様とかより、俺は”白”という色が一番怖い。


「…たかだかコーヒー飲むのに、なんでそんなに面倒なことを考えるんですか」
「だって、普通気になるだろ」
「いや、普通じゃないから。絶対普通じゃないから」

仕事の最中、やっと取れた休憩時間。さて、コーヒーでも飲もうか、と休憩室に向かえば、我等が編集長殿が俺の後を追ってきた。いや、ほんっと部下思いですね!

仕事で、そしてそんな高野さんの行為にどっと疲れて思わず甘いミルクコーヒーを購入してみれば、いつも通りにブラックコーヒーを買った高野さんが、横でいきなりそんな話を始めたわけで。

ぶっちゃけアンタが白が好きか黒が好きかどうでもいいですよ。というか、これ完全にミルクコーヒーを飲んでいる自分への当てつけですよね!分かっているけど、言い返せない。腹が立ちすぎて何も言えない。

「俺は好きですよ。白も黒も。どちらも強いようで、どちらも弱くて」
「なんで白と黒が弱くなるんだよ」
「だって、白と黒を混ぜたら、灰色になりますから?コーヒーの場合は茶色です けれど。灰色も茶色も、白でもなければ黒でもない。お互いに影響しあってはいますけど、ちゃんとそれぞれに名前があるんです。高野さんは塗りつぶされる、なんて表現使っていましたが、それ色に対して失礼です。美しい色の表現を、高野さんが知らないはず、ないと思いますけど?」


一気に捲くし立てて言えば、高野さんは一瞬きょとんと瞳を大きく開く。やばい、ちょっと言い過ぎたかな、と少しだけ自分の発言を後悔していると高野さんはそんな俺をよそに、ぷ、と唐突に吹き出して笑って。

「ああ、そうか。そうだよな、小野寺。お前は正しい」
「何なんですか、その言い方。馬鹿にしてるんですか?」
「してない。てゆーか、むしろ褒めてるんだよ」
「全然そういうふうには聞こえませんけど。」
「俺、多分、黒色が好きなんだよ。その黒が掻き消されて違う色になるっていうのが、多分ただ気に食わなかっただけ。黒が好きっていう理由が、他の色が嫌いとか怖いとかいう理由にするべきじゃないんだよな。白も、灰色も、茶色も、そこに存在するんだから」


…何だかだんだん哲学的になってきたぞ、これ。何なんだ。せっかくの休憩なのに、何でこんなことで頭を疲れさせなくちゃいけないんだ。くそう、もういい加減にしてください、と言いたい。でも言えない。なんでたかだかこんなことで、アンタはそんなに幸せそうな顔をするんだ、と突っ込みたい。そして、何でこんなことで照れてるんだ、俺。馬鹿じゃないのかと、自分の顔を殴りたい。ええ、今すぐに。

休憩終了ぎりぎりにお互いにコーヒーを無理やり喉に押し込んで二人でまたあの戦場へと駆け足で戻っていく。結局全然休めなかったと嘆きながら。コイツのせいだと高野さんを睨みつけながら。

その最中、唐突に高野さんが言った。


―俺、黒が一番好きだけど、お前の髪の色とか瞳の色はもっと好き。


この人はおそらく、俺を恥ずかしさで殺す気だ。



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