デパートの最上階では所謂催事ものなんかがよく取り扱われているが、今月は鉱物展なるものが開催されているらしい。それを知ったのは地下一階の食料品コーナーで買い物を終えた後、レジ係りの人が三千円以上お買い上げのお客様にと渡してくれた入場券を受取ったときだ。いつもだったらくしゃくしゃっと丸めてポケットの中に突っ込んでいたはずだが、今日に限って足を向けようと思い立ったのは、様々な事情が重なった結果だというだけの話だ。


平日の午後ともなると、流石のデパートの中も人の数はまばらだ。親子連れの家族や年配の夫婦が、うわぁ綺麗ね、などと言いながら、飾られた鉱石をうっとりと眺める。ガラス張りの中のそれらは、きらきらと光を乱反射しながら人を魅了する。最初は微妙かな、と考えていたのに、気づけば夢中になって見入ってしまった。


そんな中に見つけた花のような鉱石は「砂漠の薔薇」と呼ばれるものだった。その名のとおり砂漠にしか出来ない花で、構成されているものは勿論全て砂。どうも砂漠の中で砂が結晶化して出来た花の形の鉱石なのだという。生まれる過程は不明。成分が全く違うというのにどうして砂が薔薇の形になるのかという理由も、未だ解明していないらしい。


出入り口付近には販売用の鉱石が、小さなケースの中に埋め込まれて陳列されていた。その中に、先程見かけた砂漠の薔薇をも発見する。…う、以外といいお値段だ。諭吉さんを出して、数千円返ってくる程度の。たかが石ごときにそんなに出せるか、と思いながらも、考えていることとは裏腹に、これくださいと迷いなく体が動いてしまった。


仕方ないだろう、今日くらいは。だって、雪名の誕生日だし。


自宅に戻り、買い込んできた食料を袋の中から取り出す。誕生日だというのに酷く質素な料理で申し訳ないが、今日のメインはケーキとカレーだ。ケーキは既に店から受け取ってきたものを。カレーは今から自分が作る。大体の料理は雪名にまかせっきりなのだが、まあこんな日くらいは自分がやってあげようかな、と気が向いただけだ。


慣れない手つきでさくりさくりと野菜を刻む。少し大きいような気もするけれど、お腹に入れば同じだよね。一人くつくつと笑いながら調理を進める。


誕生日のプレゼントをこれで良かったのだろうか、とふと良くない考えが頭をよぎった。雪名のことだから恋人からの贈り物を無碍に突き返す、なんてことはしないだろうけれど。でも、折角の誕生日なのだから、雪名が本当に必要になるものを買えば良かったと今更後悔する。もう三十路になったとはいえ、まともな恋愛経験がないために、どれが正解か分からずに不安で仕方ないのだ。というか、こういうのって美術学生には珍しいものでも何でもないかもしれないし。嫌な考えとは連鎖するように次々と生まれて、しかも中々消えてくれないのだから非常に困る。


付き合っている相手が女性だったら。煌びやかな指輪一つ送れば、目に涙を溜めて感激してくれるだろうと思う。指に光るそれだって、この花と等しくただの石だというのにね。


砂漠の薔薇は宝石とは違って硬度が弱く、触れてしまえば簡単に壊れてしまう。崩してしまえばその身は、その辺に落ちている砂とほぼ変わりはなく。だから普通の宝石のように、そのものを加工することは出来ないのだ。でも、その方がいいのかな、と思ってしまう。仲間たちから無理矢理引き剥がされて、磨がれて、孤独のままにたった一人の人間の指で輝くよりは。いつでもどこでも、壊れてしまえさえすれば、仲間の元に戻れる花の方が。


雪名という人間も、一見宝石に見えるけれど実はこの砂漠の薔薇のようだ。


見かけは完璧人間だけれど、中身の部分で彼にはまだ幼いところが大分残っている。自分が年上ということもあり、年下という事実故に以前は無理に背伸びをしていたらしい。そんなことをしなくても、とは思いつつ、自分だって似たようなことをしていたのだから人のことは言えない。演じていたのはお互い様というものだ。


彼の王子様という化けの皮を剥がしてやれば、俺を大好きで大好きで仕方の無い素の雪名が現れる。そこには誰しもを惹きつける美しさはないけれど、俺の心は確実に射止める。けれど彼はそれで十分だと断言するのだ。磨かれなくても良いから、このままの姿で俺の元にと。


お前にはもっと輝ける場所があるはずなのに、まるでみすぼらしい俺の隣が本来の居場所だというように自身にまとわりついて離れやしないのだから。まあ、そんな雪名を俺は愛しくてたまらないのだけどね。


どんな彼でも。どんな姿でも。今は。


砂漠の中に、生まれるはずのなかった花。生まれるはずの無かった恋。


玄関から誰かが部屋に入る気配を感じた。思い当たる人間なんて一人しかいなくて、急いで手を洗い、タオルで水滴を払いながら玄関へと向かった。


自分達の関係はとても危ういもので、つついてしまえば簡単に壊れてしまうような代物だ。今まで何度かそんな危機があったけれどどうだろう。今も二人で何とか一緒にいることが出来ている。昔は想像できなかったことだよな、と振り返る時は決まって笑ってしまう。ああ、とても幸せだと、そんな感想も伴って。


砂で作られた偽物の花。けれど花は花だ。本物の花だとか無理に分ける必要なんてない。男同士の恋だからといって、その感情が嘘だとも限らないように。


「おかえり、皇」
「ただいま、翔太さん」


彼に向かって微笑んで、離れていた時間を埋めるようにぎゅっと抱きしめる。


だから、生まれてきてくれてありがとう。生まれて、おめでとう。


それがどんなに儚い恋でも。ちっぽけな花でも。二人でこれからも一緒に育んでゆこうね。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -