その日はえらく不機嫌で、やることなすこと上手くいかずに酷く苛ついていた。普段は温厚だと指摘される俺だって、怒る時には怒るもの。些細なことに怒りはしないが、勤め先の仕事場には、俺を怒らせる天才がいる。朝出かける時に待ち伏せをしたり、業務中に手を出してみたり、挙句の果てには夜部屋に連れ込まれて好き放題される始末。お前、俺のこと好きなんだろう、と何の疑いもなく当然とばかり言ってのける奴に、怒りのバロメーターは何度振り切れたことか。きっと数え切れないくらいたくさんだ。


たまたまだ。たまたま、その時の機嫌が悪かっただけ。


通り過ぎた喫茶店で、高野さんと見知らぬ女性が腕を組んで外に出てきた。


その光景を目の当たりにして、まるで恋人の浮気現場を見た時のようだな、なんて割と面白いことを考えて。というかこの場合の浮気相手って俺か。だって、そうだよね。普通男が男を相手にしてたら、そっちの方が遊びに違いないよね、とか。だったら俺に好きだなんて言わなくてよかったのに、高野さんには他に相手がいくらでも、とか。ぐるぐると際限なく考えていたら、いつの間にか逃げるようにその場から走り去っていた。


案の定追いかけ俺を捕まえた高野さんが、ごちゃごちゃ何か言い訳していたけれど、聞く耳をもたなかった。


「良かったですね。お似合いじゃないですか」


逆に怒り出すかも、と危ぶんでいたが、高野さんは何も言わずに黙ったままだった。否定も、肯定もせずに、黙ったまま。何も言えないのはそれが本当のことだからですよね。冷酷に投げ捨てて、家に帰った。


昔の夢を見たのはきっとそういった経緯が影響しているのだろう。高校生だった俺は、正門へ向かいながら今日は嵯峨先輩図書室にいなかったな、とその場所を見上げて一人呟く。そこにやってきたのは幼馴染の少女で、自分を見つけた嬉しさに勢いのまま腕に飛び込んできた。それを甘んじて受け止めて、痛いなあとか言いつつ二人で笑っていると、彼女の背後に先輩の姿が見えた。今日は会えないと諦めていたから、こんなふうに先輩の姿を見ることが出来て嬉しくて。けれど先輩はにこりとも笑わずにこう告げるのだ。


「良かったな。お似合いで」


心が、冷えた。


汗だくになりながら目を覚まし、どくどくと不規則に打つ心音を抑える。冷たいものがすうっと背筋を流れて言って、ぶるぶると悪寒が止まらない。


なんだ、そっか。そういうことだったのか。


何も言えないのは、その言葉が心臓を突き刺したから。怒らないということは、傷つけたということ。震える掌を見つめながら、自分の台詞を思い出す。


あれは、言ってはいけない言葉だったのだ。


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