記憶というものは曖昧で、しかも自分の思い通りになんてなりはしないのだから面倒だ。そのままの現実をまるで録画するみたいに人はその経緯を覚えられるわけでもない。だから過去の断片化された破片を繋ぎ合わせて、未来の自分は事実とは無関係に物語を作る。美化された思い出というものは、そうやって創作されて出来たものなのだ。


美しい思い出よりも、実はより心に深く残る記憶というものが皆それぞれに存在する。それはつまり自分が思い出したくもない嫌な出来事であって、忘れたいものに限って覚えているものだから厄介だ。先入れ先出し方みたく、大切だとかどうとか考えずに古いものから消えていけばどんなに楽だったろう、と考えることは数度。けれど、その思考回路に変化が出てきたのはつい最近のことだった。


忘れたい過去というのはつまり俺にとっては十年前のことになる。初めて他人を本気で好きになって成就させたのはいいものの、そのまま玉砕してしまったというあの時の。自らの黒歴史と称しても過言はないくらいのものだ。先輩に恋して、自分ばかり好きになっていって、付き合って期待して、その気持ちを問うて盛大に裏切られて。過去を振り返り考えたものだ。昔の自分はよくあんなに簡単に人を信用出来たな、と。あっさりと好きになってしまったなと。今の俺にはそれはとてもとても信じられないことだったから。


その記憶に占める感情というものは大方は怒りや悲しさで、けれどその中に僅かばかりの愛しさがあったと認めよう。先輩は俺のことなんて好きじゃなかったんだと泣いて、だったら何で付き合ってくれたのだろう。こんな最後を迎えるくらいなら、最初から振られた方がよっぽど良かったのにと怒って。それでも、日々の中で先輩が少しでも笑ってくれたこと思い出し、ああ、こんなに酷いことをされても、やっぱり俺は先輩が好きなのですと誰もいない部屋で孤独を抱えながら告白する。泣くことしか出来なくて、泣くことしか許されなかった日々。


時の経過を経てそれは次第に色褪せてはいったけれど、初恋の人との再会がその速度を大幅に狂わせた。否、狂わせるどころか全く最初の時点へと巻戻してしまった。頭がおかしいとは思いつつも、結局俺はまた高野さんに恋をして。差し出された手を取ることになってしまった。


それを機に隠し事の多い彼は色々な話を俺にするようになった。俺と出会う前、出会った後の家族関係のこと。高校を出て大学に入学し、今の職場に就職することになった顛末。その間もちらちらと俺の影が出てきて、ずっとずっと忘れることが出来なかったこと。だからもう一度俺に会えて嬉しかったと。もう一度好きになることが出来て、幸せだと。


何馬鹿なことを言ってるんですかと思いつつも、その言葉を聞いて何故か少し泣いてしまった。


一方通行だと思い込んでいた恋心は、きちんと先輩に届いていて。自分のことでいっぱいいっぱいで俯いてばかりいたから、顔を上げれば分かる彼の表情が俺には見えていなかった。俺はちゃんと先輩に愛されていたのだ。そう分かった瞬間に、白黒だったその過去が色鮮やかに変わり。長く止めていた時間を押し出すように息吹く。何だそうか。あの頃の自分は馬鹿で愚かだとばかり思っていたけれど。本当は二人一緒に凄く凄く幸せだったんだね。


もう一度高野さんに出会うまで、昔のことを忘れなくて良かった。


時間の流れとは酷く残酷なもので、今という時は一瞬にして過去となる。それは次々と流れくる波みたいなもので、だから抗うことなく流される方がきっと楽なのだろう。けれどそれでも、両手を広げてその欠片は繋ぎ留めよう。だって覚えていたい。忘れたくない。


片方の手には遠い昔を。もう一つの手には高野さんを。過ぎ行く過去はもう二度と失くしたくない幸せだと知ったから。






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