付き合うということに自分は一定の条件を置いていて、だから泥船に乗る様な醜態を晒すことなどほぼ無かった。


一つは飽きたらすぐに捨てること。これは要と言っても過言ではないくらいの条件だ。人肌恋しい頃に夜な夜なその場限りの相手を探しては、ベッドの上で僅かばかりの時間を一緒に過ごす。大抵の相手が自分の手を取るのは、同じく一夜限りの暖を求めているのが理由で。お互いこのことは忘れましょう、と無言の意思表示を成立させて一生を離れる。しかし中には、自分との関係と途切れさすまいとしつこいくらいに付き纏う輩も存在する。そういった相手は無理に引き剥がそうとせずに、しばらくの間はそのまま放っておく。じいっと近寄らずけれど離れもしない距離感を常に保てば、ついには相手の方がしびれを切らす。


「俺、他に好きな人が出来たから別れてほしい」


最初から付き合っていたわけでもないのに、という本心は作りあげた何とも偽物っぽい笑顔の中に綴じ込む。顔では悲しげな表情を僅かに残して、腹の中では大笑い。だって相手にそう言わせたのは自分だ。好きな人の所在の有無を確かめる間もなく、永遠にさようなら。


他に好きな人が出来たら、俺をあっさりと捨ててしまえるのね。


もう一つの条件は、飽きられたらすぐに捨ててもらうこと。


とまあ、自分にだって内面の全てを明かせる友人くらい確かに存在する。それは大抵恋人に成りそこねた男であることが多いが、少なからず女の友人にも恵まれている。ちなみに、お互いが同じような性癖を持つ故に、男女の関係が成立しないことをここで説明しておく。性別は真逆ではあるが、互いに同じ立場だ。だからその気楽さも分かるし、共通の悩みをつまみにして酒が飲めるというものだ。


「別れるって。一方的に電話で言われてはいそうですかって納得出来るかっての!」
「じゃー、別れたくないって言えばいいじゃん」
「それは無理」
「何で」
「相手には夫がいる」
「お前、不倫してたのか?」
「未遂よ。電話をくれた後に結婚したんだってさ」


つまりは不倫ではなく二股されていたということか。なんとも不憫な子だなあと思いながら、ほら、と酒を勧める。


「同性同士って面倒だわよね。後にも先にも、何も残せやしないんだから」
「まあね」
「つなぎ止めておく何かが有ればいいのに。既成事実を作ることする出来ない私はどうすりゃいいのよ。どうすれば、別れなくてすんだのよ!教えなさいよ!この馬鹿木佐!」


会話の最後あたりが支離滅裂だ。随分酷いことを言われているが、彼女がこういったことを話せるのは俺だけしかいないのだという。いくら多文化国際化が進もうと、価値観の違いからくる同性愛に対しての蔑みというものはまだまだ存在する。肩身が狭いこの世界は、どうせこのまましばらく続く。


とうとうめそめそと泣き始めた彼女を宥めて部屋まで送る。自身が狼にならないことを知ったうえであったのだろうその誘いを、けれど笑顔一つで誤魔化した。


彼女自身を非難しているつもりはないが、どうしてもう少し上手く恋愛を楽しむことが出来ないのだろうと思うことは良くある。同性同士の恋愛というのは言わば、未来のない関係だ。本気になればなる程待ってるのは悲劇の最期。最初から幸せになることの出来ないもの。


だからこそ俺は、美しい恋愛というものを心懸けている。


来る者追わず、去る者追わず。まるで尻軽女のような名言も、見方によればそれは変わる。自らの愛をかければその分だけ、苦悩の海に落ちるというのなら。理性一つでそれを堪えた方がよっぽどマシだ。最後には泣いて相手を恨むような、くだらない捨て台詞を吐くような醜い恋愛はしたくない。曖昧な線を引いてそれを決して越えないからこそ、自分たちは始めから終わりまで美しい恋愛をしていられるのだ。


一々嫉妬をして泣き喚いて、なんとみっともないことか。


ある程度の年齢を過ぎた頃から、だから俺は本気の恋愛などはすることが無いのだと思い込んでいた。


という何ともしょっぱい夢を見てしまったのは、夢の中に出てきた彼女に数年ぶりに再会し、新しい恋人を紹介してくれた出来事が起因となっているのだろう。あれだけもう二度と恋なんかしないと、何かの曲名みたいなことを散々繰り返していたくせに。しかしながら記憶の中では泣いてばかりいた彼女が、晴れわたるような笑顔を浮かべていたものだから。敢えてそこには追求せず、ただ、幸せなのだろうと思えた。


「良くお前の相手が務まるな」
「うん。中々大変みたいよ」
「人ごとかよ」
「ん?ああ、私だって大変だったわよ。ほら、あの頃の私は尽くしてばかりいたから。尽くされることに全然慣れてなくて」
「ふーん」
「そんな彼女を失うのが怖くて、別れようって何度も彼女から逃げて。でも馬鹿みたいに私を追いかけて来てくれたの。何だかね、理性的な恋愛をしようとしていた自分が阿呆らしくなって」
「で、結局収まるべきへ収まったってことか」


あの日の夜に等しく、お互いに杯を傾ける。苦笑いしながら彼女は言った。


「もう泣くような恋愛は懲り懲りだと思ったんだけどねえ。きっと、人間は冷静である方が結果の物事は美しいのだろうけど」
「うん?」


「理性的な愛なんて、愛とは言わないのよね。だから、美しい恋愛なんてそもそも存在しない。なりふり構わずに欲するもの。それが愛だから」


からりと、氷が溶けて鳴った。


ああ、そうさ。本当は知っていたさ。恋愛というものが本当に美しいわけがないと。人を愛するということは良い面ばかりでなく悪い面も全てその相手にさらけ出すということになる。形式上の口からの出任せが意味を持たず、がむしゃらでひたむきな言葉こそ胸に響く。理性というラインを越えられないのは、その程度の気持ちだったということ。例え失おうとも、傷つかずに離れることが出来るものを、愛とは呼ばない。


いや、実際さ。まさか三十路過ぎて俺自身が本気で恋愛するだなんて思ってもみなかったから。しかも相手は九歳年下の王子様。よりどりみどり選び放題なくせに、それでも雪名が恋をしたのはこの自分。それを疑って、不安になって。別れる別れる!と泣きそうになりながら喚いたこともあるし、たかだか名前呼び程度を気にして彼の大学に押し掛けたりもした。どの辺りが理性的よ。え?言ってみろ!自分で質問をしておいて、本気で頭が痛くなる。


ああ、でもね。恥ずかしいからといってこの感情を、手放すことなど絶対に無いから。


恋愛関係における自らが課した条件は二つ。一つは飽きたらすぐに捨てること。雪名を飽きることなど一生無いから、この心配はご無用。もう一つの条件は、飽きられたらすぐに捨ててもらうこと。ごめん、それはちょっと嫌だから。彼に飽きられないように少しばかり努力しよう。


うーんとしばし考え込み、本を読んでいた雪名の隣にとすりと座る。


「なー、雪名」
「どうかしましたか?木佐さん」
「………えっと」
「はい」
「そ、その…こ…こっ…皇…」


あまりの恥ずかしさに逃げ出そうとして捕まって、見上げた先には雪名の笑顔。静かに落ちる唇を受け止めて、意味もなく二人で笑った。


ほら見ろ。こんな自分の何処に余裕がある。いつだって俺は雪名を困らせてばかりで、それなのに微笑み一つで涙が出そうになるくらいに嬉しくなって。一々彼に振り回されて恥ずかしくて嫌なのに、それでもこれがとても素晴らしものだと思えるから。昔からずっと自分が欲しかったもののような気がするから。


俺は今本当の恋をしている。





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