昨年のファッションショーで味をしめた女生徒どもが、今回もその打診を持ってきたのは想像通りの展開だった。


見た目完璧で予想以上のお人好し。けれど断るべきところではきちんとそれを言える雪名という友人は、なのに今回はあっさりとそれを承諾したという。前回は奴らのファンと名乗る猛者がショーの雰囲気をぶち壊しにしてしまい、それを酷く後悔していたようだが。祭りは楽しんでなんぼよ!と引き続き無茶を続行することに加担してしまった親友。


出来上がった写真を眺めながら、相変わらずの美形っぷりに同性ながらも思わず嘆息する。


「なー雪名。お前さ」
「ん?何?」
「画家じゃなくてモデルになったらいいんじゃないの?」
「冗談」


薄汚れた作業着から上半身を抜き出し、ぺりりと購買で買ったパンの袋を破る。はむりとサンドイッチに噛み付くそいつに、嫌味ったらしく告げてやった。


「その方が稼げるだろ」
「まあ、実際そうだろうな」


否定しないあたり自分の発言は事実に違いないのだろう。噂に聞いた話だが、実際何度も芸能関係者に彼はスカウトされたことがあるらしい。無論学生を理由に断っているようだが。顔は文句なしで話し方も優しげ。オンとオフの切り替えも上手いし、だから女共は大抵隣にいる友人の虜。もしこの世界が彼の他全員女性だったとしたなら、ある意味世界征服出来るのかもしれない。


あー、と空に叫ぶように彼が喚く。ぐしゃぐしゃと自身の髪を掻き分けて、上手くいかないなあ…と不貞腐れたように嘆いた。


「何が?」
「俺、絵を掻くことが好きなの。絵を描いて将来を暮らしていきたいの」
「そんなの聞き飽きてんだけど」
「なのに雪名くんに似合うのはモデルとか言われてさ。自分の似合うものと好きなものが一致しないって辛いなあと思って」


時たま重要なことをさらりと言ってのける奴だからこそ、横でぶつぶつ言われながらも彼と友人を続けているのだろう。見た目何も考えていなさそうで、実際は割と思慮深いことを考えている奴だから。うん、今のはちょっとどきりとした。


しかめっ面をする友人にフォローするようにその話題を変える。


「そういやさ、あの時お前と一緒にステージにいたの誰?」


途端表情を歪めていた雪名は、にやりとしたり顔を作って


「内緒」


人差し指で口元を閉じて、まるで駄々をこねる女の前での行動みたいなものをやってのけたものだから。早々にむかついて一発拳をお見舞いした。


自分が絵を描くことが好きになっていたのはいつだろう、と過去を思い返す。物心がついたころに描き溜めた絵は数百種類にものぼり、その一つ一つを子煩悩な両親が未だ保管し続けている。あらー、上手な絵が描けたわねえ、と褒め上手な母親の言葉に有頂天になり、一生絵を書き続けて彼女を喜ばせてやりたい。きっかけはそんな単純な事だったと思う。


志を掲げて美術大学に入学したのは良いものの、そこにきて初めて現実に気づいた自分は愚かという以外何者でもないのだろう。描き方を学んだとしても、誰よりも上手く描きあげてみても、それが売れるかどうかは別の話。どうやったら人の心を打てる絵を描けるか。きっと教授すらその術は分かっちゃいない。売れっ子の画家なら、わざわざ教鞭を取る必要なんてないのだから。


自分の似合うものと好きなものが一致しないって辛いなあと思って。


将来の岐路についた友人に誘われて、適職診断なるものを受けてみた。選択肢を選ぶことによって、自分に向いている職業を教えてくれるもの。自分の辿りついたゴールは、何と不景気な世の中では大人気の公務員の仕事だった。


絵描きという心もとない職業を目指しながら、奥底ではその安定を求めている。全くもって矛盾した考えだと、一人苦笑いする。


そんな自分は兎も角、見目麗しい友人には何とかその夢が叶わないものかと願う。あいつ自身は友達想いのいい奴だから。例え愚痴をこぼそうとも、望む将来を諦めはしない彼だから。どうしてもこうやって応援したくなってしまうのだ。


誰かそれを支えてやれる人がいればいいのに。ふと思う。自分にとっては母のような、自ら選んだ道を絶対に信じてくれるような人が彼にいれば。周囲に集る女共ではなくて、彼がもしその道を踏み外そうとも、優しくその手を差し伸べてくれる人。そういった人間がいるだけで、無謀な夢に挑戦しようとしている者は案外救われたりするのだから。


その人物にちょっと心当たりがあった。ついこの間の課題で、雪名が初めて描いて見せた人物画。おそらく男性だが、浮かんだ柔らかな微笑みに、雪名がどれくらいの愛情を注いでいたかは絵を描く同士だからこそ分かる。けれどそうやって彼の前で笑ってみせるということは、つまりその絵の中の人物も雪名にとってとても大切な人なのだろう。………少し無粋な話になるが、この間ステージに転んだ人間も同一人物ではないかと疑っている。


最近良く照れ笑いするようになった雪名の傍に、付き合っている女の影は見つからない。そう、“女”の影だ。相手が男だったらどうだろう。何となく全ての辻褄が合うような気がするのだ。


辛くとも苦しくとも。それでも画家の道を目指す雪名が選んだ人。たとえ相手が男だとしてもこの程度で友人をやめるだなんて、見くびってもらっちゃ困る。


街中で偶然その人の姿を見かけ、当たり前のように遠くから雪名が笑いながらやってきた。女の前では絶対に見せないような年相応の表情に、思わずため息が漏れる。どうやら自分の考えは正解のようで、答え合わせがすんだのならこの二人に用はない。くるりと踵を返し、彼らとは正反対の道を歩く。


少しだけ想像する。


絵を描く雪名とその傍らで覗き込む幼い彼の姿。陽だまりの中で笑うその架空の光景に、でもあながち間違っていないだろうとくすりと笑った。


雪名が彼を好きで、彼もお前が好きで。この先も共にあるのだとすれば。きっとそれは二人にとってとてもお似合いなことなのだろう。そう思えて。





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -