本誌ネタバレ注意

木佐さんという人は意外と被害妄想が激しく、その産物を一つ一つ潰していくのは結構大変だ。一応は自分よりも大人な彼は、だから時間が経てば自己解決するかと思いきや、ある日突然“別れる”と切り出してくるから非常に困る。本気で逃げようとする彼を捕まえては宥めて、関係を一応は修復するものの、何度も同じことを繰り返し。その度に心臓が凍るような想いをするので、こちらの身としてはたまったものではない。


彼の気持ちは、分からなくもないのだ。もし自分が九歳年下の男の人と付き合うことになったら。今の俺の年齢は二十一歳で、単純計算で相手は十二歳の男子小学生。かろうじて言葉は通じるものの、愛を語りあう関係には程遠い。一応お互いに成人をしているとはいえ、木佐さんにとって俺なんてまだまだ子供で。だから自分のことを信じてもらえない。大きくなったら結婚しようね、という幼少期の約束と同じく、彼は俺の言葉を叶わない夢を語るようなものだと哂って、信じてくれない。


それがあんまりにも腹立たしかったので、とりあえずぎりぎりに引いてあった理性という名のラインを飛び越えてやった。木佐さんに対しての遠慮をとっぱらい、年下という名の言い訳を捨てる。そうして最後に残ったただ一つの恋心を持って、俺は彼に体当たりするのだ。


自分は絵を描くこと以外でこんなにも夢中になったことがあるだろうか、と考えてもみる。ここまで一生繋ぎ止めておきたいなんて思った人間は、今までに木佐さんただ一人。彼が事態を理解するとかそういう次元の問題じゃないのだ。木佐さんが俺を好きなのは至って普通で、俺が木佐さんを好きなことも勿論当たり前。彼の笑顔一つで俺は天国にも昇る気持ちになるし、拒まれようものなら心底不安になってしまう。絵を描くことで自分が幸福であるように、木佐さんが傍にいることが俺の幸せを満たす条件でもあるから。


だから、一生離さない。手放したなら、後悔するに決まってる。


張り巡らした虚勢を振り解きながらありのままの理由を彼に問えば、なんてことはない答えが返ってきた。


「俺も、お前のこと、名前呼んでみたいな…って」


何それ。


そんなことでこの人、ずっとぐるぐると考えこんで俺を避けていたのか。大の大人が、こんなにも真っ赤になって恥ずかしそうに告白しているのか。だってそんなの、木佐さんが望めば俺はいくらだって叶えてあげたのに。ああ、でも。やっと、やっとか。


やっと俺が貴方を大好きだと信じてくれたのですね。


だからこの人が好きなのだ。名前を呼ぶ、という何でもない行為が。友人との間で交わされていたつまらない日常が、その瞬間とても大切なものに変わるから。今までの不安が嘘みたいに掻き消えて、幸せになるから。木佐さんが愛しくてたまらなくなるから。


抱き合った後にカーテンに二人くるまって、手を繋ぎ目を閉じながら口づける。触れ終わった後恥ずかしそうに俯いて、木佐さんが苦々しく唇を開いた。


「やっぱり、お前と一緒にいると調子が狂う」


いっそ狂ってしまうほど、愛してしまえばいいのにね。


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