私が働くコンビニにやってくるその動物は、野良猫だった。


高校に進学しアルバイトをしようと思ったのは、単に服やメイク用品が欲しかったというだけだ。勿論そのうちに何割かは貯金に回すにしろ、今の学生というものは割とお金がかかる。幸い家の近所にあるコンビニで求人募集を見たのをきっかけに、そこで働き初めて一年になる。時の流れとは本当に早いものだ。


生活必需品はあらかた揃うコンビニでも、大方は食料を求める客だ。毎日毎日おにぎりやサンドイッチ飲み物等々を補充し、それが人によって購入され、棚の中の空白に再び詰め直す毎日。単調に見えるかも知れないが私は私なりにこれでも結構この仕事を楽しんでいる。


その猫はつい一ヶ月にコンビニの前で見かけたのを機会に、いつの間にか近くの公園に棲みつくようになってしまった。


最初の頃は気性が激しく近づくだけで威嚇されていたものだが、餌を与えたりしているうちに随分表情が柔らかくなったものだ。毛なりを見るに、おそらくは今までどこかの家庭で飼われていた猫らしかった。家を飛び出したのか、或いは捨てられたのか。初めて見たときの怒りと悲しさをにじませた瞳からは、その原因は後者の方に思えた。


もともと動物好きな私だが、家族にアレルギーを持つ人がいるので飼った試しがない。だからその猫の姿を見るだけで追いかけていったし、だれよりも美味しいものを沢山用意したし、その分愛情も注いだ。その結果、猫は私の姿を見るなり駆け寄ってきてくれるまでになったのだ。


同僚が尋ねた。どうしてそこまでしてあげるの?答えは簡単だった。だって可愛いでしょ?自分のことを大嫌いな動物が次第に好意を寄せる有様が。


馴染みの客というのは仕事をしていれば次第に分かっていくものだ。コンビニという性質上、そこに親しみの会話などがあるはずもなく、けれど一方的にお互いにその顔は把握しているといったところだろう。なんとなく購入する品々の傾向が掴めてくる。客の名前など勿論知るはずもないから、そこからあだ名が決まるのだ。例えば毎日同じおにぎりを買う客に鮭の人、とか。


けれど中にはまるでアトランダムに食料を買い込む客もいる。毎日毎日夜にやってきては、適当なパスタだの弁当だのを手に取り、憔悴しきった顔でレジに差し出す。そこには統一性がまるで無いというか、とりあれず口に入ればなんでもいいやという投げやりな判断だ。こんなコンビニ弁当ばっかり食べていると体を壊しますよ。店の回し者である私がそんなことを言えはしないのだけど。


休日に猫に絡みに出かければ、コンビニ前でいつもの人を見かけた。


今日は一人ではなく二人で、隣に並んでいる男性は黒い服を着た背の高い人だった。いつも死んだような表情を浮かべていたくせに、どうやら今は覚醒しているらしい。緑色の瞳を瞬かせ、何か一方的にその人に怒っているようだった。怒鳴り声がこちらまで聞こえてくる。


喧嘩か?と思い凝視してみれば、直後黒い人が緑の人の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。一瞬きょとんとしていたようだったが、はっと気づいてその手を振り落とす。緑の人がぎゃーぎゃー騒いで、黒い人は笑って。それに緑の人が押し黙って。その光景を見てなあんだ、と小さく呟いた。


なあんだ。あの人もその人も、お互いがお互いを好きなのね。


足元に擦り寄る猫を撫でてやれば、ごろごろと音を立てながら瞼を閉じる。それに目を細めて笑ってみれば、唐突に頭の中に彼ら二人のやり取りが繰り返された。


黒い人は緑の人を餌付け中。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -