自分に限界を作っては諦めてきた自分にとって、雪名という存在はイレギュラーだった。


だってそうだろう。そもそも男が男を好きになるあたりで、結婚して家庭を作るという未来を放棄していることに他ならない。勿論そういった夢に憧れないわけではないけれど、じゃあ女を好きになれるかと言えば即座に否定する。自分の意思を尊重することは即ち、俗世の常識を投げ捨てるということである。つまり自分には普通一般の幸せというものが一生手に入らないことを意味する。感情に素直になればなるほど、自分の血を残すことは永遠にないのだと嘆く。勿論演技だけれど。


だから、手に入らないはずだった。それなのに雪名が選んだのは俺だった。


豚に真珠。猫に小判。いわば雪名は自分にとって宝物のような存在だった。自分の身の丈の合わないものを持っていても、それは全く意味のないこと。今の自分は豚であり猫でもある。俺が雪名を手にしていても、それは彼にとってマイナスになりはしなくても結局プラスになりもしない。ゼロという数字の意味は「無価値」だ。


「お前に俺は勿体無いよ」


つい口出てしまった言葉だった。何か答えを期待したというわけでもない。本当に無意識のうちに呟いてしまった台詞。自分の一番深いところの感情の。


しばらくの沈黙の後、雪名が言った。


「自分の好きな少女漫画の先生を担当している人が木佐さんで、そんな凄い人と付き合っていていいのかな?と思うことはありますよ」
「何それ。俺、そんな褒められるようなことしてないけど」
「木佐さんにとっての俺もそれと同じです。俺だって特別なことをしているわけでもなく、当たり前のことをただ単純にしているだけですから」
「いや、だからさ」
「物体無いから、とか、価値があるとか、そういう次元の問題じゃないです」


一息ついてから、雪名は俺と視線を交じりあわせる。


「好きだから一緒にいたい、好きだから隣で笑っていて欲しい。ただ、それだけなんですよ」


思わず息を飲んだ。


きっと幸せというものは他人が決めるものではなく、自分が幸せだと思えばそれは幸福に違いないのだ。猫が小判を持っていても、使えやしないじゃないか。嘲り嗤うのは第三者で、だから当人の気持ちなんて分かるはずもない。人と人との間を何年もたらい回しにされ疲れ果てて、その猫の元に小判がやってきたとするのなら。自分だけを大切に手元に存在を許してくれるその猫を、感謝するばかりで恨みなどはしないのではないか。


「俺は、木佐さんとこうやって同じ時間を過ごすこと。凄く幸せなんです」
「………それは、俺も」


一つの幸福を投げ捨てなければ手に出来ない幸せというものだってある。本来の価値を捨ててしまってでも手にしたかったもの。猫に小判、豚に真珠、俺に雪名。無駄という言葉の代表的象徴でもあり。


「好きだよ、雪名」


或いは、幸せの型




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