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あ、雨が降ってきた、という言葉で意識が覚醒した。窓の外にはさああという水音が微かに聞こえる。汗ばんだ肌にのしかかる雪名の体を押しのけて、重い、と文句を言えば、ごめんなさいと素直に彼は謝った。触れていること、それが嫌なわけじゃない。ただ物理的に重力がある限り押しつぶされかねないのを考慮しての発言だ。それを分からせる為に、雪名の胸に顔を押し込む。温かな腕が回され、すっぽりと彼の体にくるまれる。ああ、一週間ぶりの雪名だ。


滴る音をBGMに、またもやうとうとと眠くなる。急激な睡魔の襲撃は、今までの雪名とは激しい行為に所以する。それと理由は、もう一つ。ちなみにここ最近は仕事にそれほど追い詰められていなかったということも宣言しておく。つまりこの眠気は仕事疲れとは全く関係ない、ということだ。


瞼を閉じながら耳をすませば、外界の雨音はどんどん激しさを増す。想像の中に外の世界を作り、暗黙と雨、その中に自分の身を仮定し、部屋にいて良かったと思う。


轟音が響いた。ああ、雷か、と思う間もなく雪名にきつく抱きしめられる。もう一回?と思えばそういうことではないらしい。雪名に動く気配がない。気のせいかと思い直してベッドに身を埋める。またもや轟音。と同時に、彼の体がびくりと震える。


「…なあ、雪名…」
「なんですか?」
「お前、もしかして雷苦手?」


見上げて問えば、やっぱり分かってしまいましたか、と雪名は苦笑いをする。


「滅多に落ちたりしないだろ。ここよりももっと高い建物がすぐそこにあるんだから」
「理屈では分かってるんですけど、どうしても苦手なんですよね。子供の頃から駄目だったんです。…何処へ逃げても追いかけてくる気がして、それがまた怖くて」


雷と雨が激しさを増す。今度は雪名の方が目を瞑って、その恐怖が過ぎ去るのをじっと待っている。いつもは無駄に自信満々なくせに、今の雪名は子供みたいだ。それが可笑しくて、可愛くて。つい、雪名の髪をくしゃくしゃと撫でてしまう。


「俺、格好悪いですよね」
「うん」


彼が何かを言いかけると同時に、また激しい音が遠くに落ちた。びく、と体を震わせる雪名。その様が小動物みたいに見えて、くすくすと笑ってしまった。


「酷いですよ」
「悪い悪い。あ、そうだ。お前に雷が怖くなくなるおまじない教えてやるよ」
「おまじない?」
「光ってから雷が落ちるまで、数をかぞえるの。昔良くやったんだよな」


光が見える速さは音よりも上だ。だから空が白光を発してからその音が聞こえるまで。時間がかかればかかるほど、源は遠いということになる。小学生の時に覚えた340メートル毎秒。三秒数えれば、雷から現在地まではおおまかに一キロ程度の距離だと判明する。


1、2、3


胸のうちで数えれば、その緊張をもそのおまじないは解いてくれるのだ。雪名と一緒に指先で数えてみる。1、2、3。ほら、まだまだ遠い。


「さっき言ったの」
「はい?」
「お前がいくら格好悪くても、俺は好き」


睡魔の理由は、本当は今日雪名に会えることが楽しみで嬉しくて、期待で眠れなかったということであり、でもそれは死んでも言わない。だって恥ずかしいじゃないか。こんなふうになったのはお前が初めてなんだよ、なんて告げるのは。…それでも雪名は、きっと笑ってくれるのだろうけど。


顔に陰りが迫る。口づけようとする雪名の顔が近づいたせいだった。


心の中で数を読む。どうせ距離を測ったところで、遠かろうと近かろうとお前を見てしまえばいつだって。鼓動は早まるし、緊張するし。それは俺がお前を好きな限り続くし、だからそれは永遠だ。


「…そうやって真っ赤になっている木佐さんも好きです」




このやろう。




3、2、1

Scarlet Blastの遊稀さまに捧ぐ



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