「え?」
「だから、何であのタイミングだったの?」


尋ねた理由はつまりは何となくで、他に聞くこともなかったから話題に出したというだけの話だ。聞かれた当の本人は抱きかかえた本を胸のなかでぎゅう、と強く抱え込み、あの、その、としどろもどろになりながら真っ赤になっている。


知りたかったのは、何故告白をしてきたのがあのタイミングだったのか。


今までは多少なりとも相手から告白されることはあった。けれどそのほとんどは人気のないところに自分を呼び出して、二人きりになったところでようやく想いを告げるというもので。中には手紙を使う古風な人間もいたが、何はともあれたまたま手が触れた瞬間に勢いだけで好きだと告げられたことはない。ついでに今後一生ないだろうことも確信している。


「…えっと、…片想い水溶液が…」
「片想い水溶液?」


何を言い出すんだ、と怪訝な顔をしてみれば、ぐるぐると頭を混乱させた律はパンクしそうな表情を浮かべる。手を伸ばして、頭を撫でて。ゆっくり話してみろ、と彼に向けて呟く。ちなみに、黙秘するという拒否権は与えない。


「…想いは、抱え込める限界が存在すると思うんです。…例えば、その、ほら。人が笑ったりするのは、自分の中の面白いという感情が蓄積されて。それが限界を超えれば、初めて笑い声を出したり、顔を綻ばせたりするんです」
「人が怒るのも苛立たしい感情の蓄積ってことか?それなら少し分かる気がするけど」
「あ、はい、えっと、だからそういうことなんですよ」
「何がそういうことなんだよ」


ちっとも回答になってなどいないではないか。詰め寄ると、あれ?と彼は首を傾けて。


「…俺、嵯峨先輩のことずっと前から好きだったんです」


………それは、知っている。


僅かに冷静さを取り戻した律は、それでも俺と目を合わせようともせず視線を下に落とす。照れているのか?顔を覗き込むようにすれば、彼はゆっくりと顔を上げて。まるで母親が赤子にするような穏やかな表情をしていた。


「だから先輩が、あの時初めて俺を見てくれて、凄く嬉しかったんです。話しかけられて、凄く幸せだったんです。ずっとずっと好きだったから。それまでの想いがあの瞬間に一気に積み重なってしまって。…とうとう口から溢れてしまったんです」


答えて小野寺は、暖かな陽射しの中に微笑む。その笑みがつまりは、彼が俺を好きだと思う感情の結晶だと分かって、思わず彼を抱きしめた。先輩?と不思議そうな声をあげるその音ごと抱いて、自分の背に彼が手を回すのに時間はかからなかった。今、顔を見られてしまえば、嬉しくて泣きそうになっていることに気づかれてしまうから。


「もし、先輩が俺を本当に好きになってくれたら。きっと分かるはずです。今は空っぽでもいいんです。溢れた俺の気持ちで、それをいっぱいにしてあげますから。………好きです、先輩」




それが夢だと気づいたのは、ただ単純に目を覚ましたという現象からだった。床に散らばったビール。ガンガンと痛む頭。喉はからからに乾いて水分を欲しているのに、起き上がる気力すらない。白い太陽が空の真ん中に浮かんで、強い光を避けるよう、仰向けのままに腕で目元を抑えた。


夢の中は幸せだった。彼がいたから。現実は残酷だった。彼がいないから。


何故あの時、律に向かって「俺もだよ」という台詞が言えなかったのか。彼を好きだと思う感情なんかとっくに俺を満たしていて、なのにもっと彼の心が欲しいと思った。だから、これはきっと欲張った自分への罰なのだ。


あの時俺に微笑みかけてくれた彼の姿は、全部嘘だったのか。


想いを胸に抱えてそれが積み重なって、思わず口から溢れただなんてお前は言ったけれど。


知らなかったよ、律。


想いって口からだけじゃなく、瞳からも溢れるものなんだな。




あなたがくれたもの。わたしがなくしたもの。



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